美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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土地と紛争

2012-06-27 15:04:40 | Weblog

昔の西部劇で私が好きな作品の一つが「シェーン(SHANE)」です。ラストでジョーイ少年が悪役を倒して馬に乗り立ち去る主人公のガンマン、シェーン(アランラッド)に「シェーン、カムバック!」と叫ぶシーンは有名で、ご存知の方も多いのではないでしょうか。1953年に公開された映画で、あらすじは、一匹狼の流れ者が堅気の家族に世話になり、その家族を苦しめる悪者一家とたった一人で対決し、暴力の世界に身を置く自分のために家族に迷惑がかかることを避けて再び旅に出るという、至ってわかりやすく、所謂 浪花節的なところも含めて私のような中年親父には素直に感情移入できる内容です。さらに抒情的な音楽と、広大なアメリカの自然の映像が調和し、単純な銃撃戦を中心とした西部劇というより、繊細な人々の感情や生活を描いた秀作です。一方、この映画を1890年の開拓地ワイオミングという時代背景から改めてみると、悪徳牧畜業者として描かれているライカー一族は古くからこの土地に住み着き、荒野を開拓し牧場をつくった人々で、その後移り住おんできたスターレット家などの開拓農民たちとの土地の所有権を巡る争いが焦点であるわけです。

人間が狩猟をしながら移動して生活していた時代から、牧畜や稲作が始まり、一か所の土地に定住するようになると、家族も仲間も増え、その為土地を守るため、或いはさらに良い土地を確保し収穫を増やす必要が生じました。槍や弓も最初は、獲物を取るための道具でしたが、やがて土地や仲間を守り、相手を攻撃するための人間に対する武器と変貌していったのです。一地域での土地争いに勝った集団が徐々に人と土地を吸収して大きくなり部族を形成し、やがて多くの部族を従えた勢力が国を形成していきました。人間が土地に対して所有欲を持つことは、そのまま国が領土欲を強く持つことと同様、必然的なものなのかも知れません。お互い海を隔て、直接隣接していない韓国、日本、中国などでさえ島や岩礁を巡って領土権を争っているのは、漁業権、海底資源などの実利的な問題が根底にあるでしょうが、土地に対する人間の本能も無視できない気がします。

暴力を持ってしても自分が開拓した土地への侵入を許さないライカーが、開拓農民のリーダーであるジョン・スターレットに対して己を正当化するように「俺たちがここを見つけ、血を流し腹を減らし国をつくった。リスクも苦労もしていない人間に権利はない。」と言い放ちます。しかし、ジョンが「あんたら以前にもこの国を飼いならした人々がいる。」と暗に先住のインディアンのことを言いますが、それには答えられない矛盾には気づかないようです。

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医学の中の迷信

2012-06-20 16:03:29 | Weblog

韓国で美容整形の手術を受けた患者さんが、その後の抜糸やケアーを希望してクリニックに来院されることがあります。正式に手術を受けた病院から紹介状を持ってくる人もいますが、大部分は簡単な説明だけを受けて、何日後に抜糸をしてもらうようにと言う指示を受けただけという方が多いです。その為十分に問診と診察をしたうえで、慎重な処置が必要です。正直、詳細な手術内容を把握できない状態では、抜糸だけとはいえ治療に責任を持つことであり安易におこなっても良いかと自問することもありますが、逆の場合として当院へわざわざ韓国や中国からみえ、治療を受ける患者さんも多いことを考えれば、私が手術した患者さんではないとしても同じようにできるだけのケアーに努めることにしています。ただ一つだけいつも気になるのは、大抵患者さんは治療を受けた病院で「決して創部は濡らしてはいけません。」と注意されていることが多く、頭部や顔の手術の場合は一度も洗髪も洗顔もできず不快を我慢して、かえってストレスを感じるうえ、創部の状態も良好とは言えません。

確かに、医師の中でも怪我や手術の傷は、濡らさない方が良いと考えられていたのはそれ程昔の話ではありません。しかし洗わないことで血液や浸出液が汚れと共に傷の表面にこびり付き、むしろ細菌が繁殖しやすくなるだけではなく、付着物のため創傷治癒が適切におこなわれない可能性もあります。勿論、ごしごし擦ったり、強く洗うことは勧められませんが、軽く水流で流してあげることは、物理的に洗浄する意味にもなり、衛生面でも良いのです。水道水などからバイ菌が入ると心配されますが、実際はそのリスクは少なく、汚れを洗い流す効果の方がはるかに高いと考えられています。さらに消毒に関しても以前とは全く違った考え方になっています。傷は毎日消毒薬で消毒しガーゼを交換するのがあたり前でしたが、最近は特殊な場合を除いて形成外科をはじめ外科系の医師でもほとんど行いません。消毒薬は、細菌を殺す作用があるわけですが当然自分の体の細胞や組織に対しても毒でもあるはずです。さらに細菌は殺せないことはあっても、細胞は消毒薬によって間違いなくダメージを受けることを考えれば、傷を消毒することは創傷治癒過程では利益よりもむしろ害が多いことになります。通常の傷なら数日たてば綺麗に水で洗って、軟膏などで湿潤環境を整えてあげるだけで問題なく治ってくれるわけです。

冷静に考えれば理論的にも極当たり前のことですが、細菌に対する医師たちの恐れが、人間の体自体を見えなくしていたのでしょう。「病ではなく患者を診ろ。」とは、医学が発達した現代でも常に肝に銘ずるべき言葉です。

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結婚式のあり方

2012-06-13 14:17:24 | Weblog

以前勤務していた職員が晴れてゴールインと聞き、彼女を知るスタッフ一同と飛行機に乗り福井まで行ってきました。両家とも地元では古くから事業をされている家柄ということで、多くの親戚が見守る中、神前での式が荘厳におこなわれました。続いて準備された披露宴も、学生時代そして職場の友人や同僚の祝福の声や趣向を凝らした出し物の中で、テンポよく進行していきました。そして、最後の新郎新婦のご両親に対する感謝の挨拶は、式の演出上のフィナーレとは言え、真顔では普段伝えられないだろう気持ちを素直に表現したものと感じ入りました。私の拙いスピーチを除けば、本当に素敵な式でした。

勿論韓国でも結婚式は、夫婦にとって大切なイベントですが、日本のように招待状を送った人だけが参加する形ではなく、当日に知って急遽参加する人もいれば、時間も式の時間内では自由です。勿論、子連れでも全く気にする必要もありませんし、誰かの代理で出席し新郎新婦とは初対面ということも珍しくありません。食事も特に決まった席でとるのではなく、別の会場で参加者に自由に振舞われます。ですから中には遅れてきて、食事だけして帰る人も稀にいますが、祝いの席で一緒に食べることも大切なおこない考える韓国社会では、それを誰も咎める人はいません。伝統的にお祝い事は知らない人も含めて皆で自由に祝うという考え方が在るからでしょう。式の比重を披露宴におき、参加者を指定して、流れ通りに演出した日本式のウェディングは、一説によると1964年東京オリンピックにより乱立した大型ホテルが、施設をどうにか利用して貰おうと考えた末、式と披露宴を同場所で済ませるイベントビジネスとして発展させたようです。

厚生労働省の発表によると、2011年に結婚した夫婦の数は約67万組、これに対して結婚式数は35万程度とされています。つまり、周囲を招待して結婚式を挙げる人は年々減少しており、身内や家族だけ或いは2人だけでというカップルも多いうえ、式自体挙げずに婚姻届だけというケースも少なくないようです。結婚式を派手に贅沢にすることが決して良いこととは考えませんが、どんなかたちにせよ、親しい人たちに報告し、感謝しまた、相手に対して誓う気持ちを示す意味は掛替えのないものであると今回感じました。

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当世医学生気質

2012-06-06 19:23:32 | Weblog

ここ数年、週に一度、医学生に形成外科・美容外科の講義をしています。意外と知られていない形成外科という診療科の治療内容や美容外科との相違点等を一時間半程度の間に説明していますが、講義の後に医師として或いは社会人の先輩として学生と世間話をする30分は、私にとって最近の学生の考えかたや性質に触れられる貴重な時間です。一般論的に医学生と言っても一人ひとり個性もあり、また大学によって雰囲気も若干異なるでしょうが、概して感じる印象は皆非常に真面目でおとなしいという点です。医学部人気は今も昔以上に高いと聞きますから、もともと真面目に勉強するタイプでなければ入学できなかったでしょうし、苦労して(親も!)通っている以上国家試験に合格し、早く医師になろうという覚悟は皆強く持っています。その反面、どんな意味でも若い時期にある熱意や疑問、将来的な希望や理想については話していても少し物足りなさを感じます。

当クリニックの韓国語版のホームページを見て、患者さんだけではなく、時々韓国の医大生から得も個人的な相談メールが来ることがあります。先日は、ソウル大学の工学部に通っているという男子学生からのメールでした。どうもその彼は工学部を卒業しても、あまり将来性を感じられない為に医学部に編入し、その先は韓国で高収入と考えられている形成外科医になりたいと考え、私にアドバイスをして欲しいという内容でした。現実的といえばそうですが、非常にストレートな質問で面白く思ました。華やかで直ぐにでも経済的にも恵まれるといった一般的なイメージとは異なり、実際は形成外科医を経て美容医療を専門に携わるまでの道のりの長さや実際の治療の様々な側面を説明し、私は一生の仕事としてやりがいを感じていること、本人もぜひ頑張って欲しいといた返事を出しました。その後「もう一度よく考えて見ます。」とのメールが来てからは、連絡はありません。もしかしたら、どうも思ったより割に合わないと考えたのかも知れません。

少し前に朝鮮日報の記事で、当時教養課程の教授がソウル大医学部に入学した学生に「私の20年後」という作文を書かせた原稿を20年後に本人にコピーして送ったという話が紹介されました。自分の作文を20年ぶりに読んだ医師たちは、夢を持って入学した若き日に、己の将来を想像して描いた作文の内容と目の前の仕事に追われる現実とギャップに気づき、ある人はもう一度理想を目指す決心をしたとあります。体は老いても心はいつでもタイムマシンに乗れるものです。

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