美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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長寿(チャンス)商会

2015-10-06 18:22:04 | Weblog

「若さは若者に与えるにはもったいない」とは風刺家として知られるアイルランド出身のノーベル文学賞作家のバーナード・ショーの言葉です。多くの若者は青春という掛け替えのない瞬間を、短慮と経験不足から無駄に浪費している事にたいしての皮肉と、経験は十分でも、情熱や体力、純真さを失った老人たちの若さへの嫉妬心が込められています。しかし、人生の後半になってもう一度10代をやり直せといわれたら、是非!と答えるか、少し躊躇するかは人それぞれでしょう。

70歳になって、青春の1ページを彩る‘初恋’を経験できたら・・・韓国映画「チャンス商会」は、そんな淡い恋と家族の愛情、そして韓国に限らず高齢化が進む今の社会が抱える現実をテーマにした物語です。主人公のキム・ソンチル爺さんは、長年チャンススーパーで働く頑固者店員。地域の再開発計画が進む中、チャンス商会の社長をはじめ、地元の住民の説得にも一人首を振らずに古い一軒家で一人暮らしを続けてきました。ある日迎えの家に花屋を開業した女主人(イム・グンニム)が娘、孫と共に引っ越してきます。何かと気にかけ心遣いをしてくれるグンニムにいつしか惹かれるようになるソンチル爺さんは、社長や周囲の人々から恋の手ほどきを受け初デート。徐々に二人の距離は近づいていきますが、やがて隠された真実があきらかになります。登場人物は皆心優しく、最後のどんでん返し?はあっても若干出来すぎ感は否めませんが、そこは「シュリ」「ブラザーフッド」、そしてオダギリジョー、チャン・ドンゴン共演で話題となった「マイウェイ 1200キロの真実」など数々の話題作を手掛けたカン・ジェギュ監督の手腕と老年カップルを演じるパク・クニョン、ユン・ヨジョンをはじめ、韓国俳優陣の演技力で最後まで持って行かれました。(恥ずかしながら鬼の目に涙・・)しかし、韓国社会の現実、未来は決して感動的とは言えません。国連の資料から2050年に予測される超高齢化国として、日本次いで2位、さらに世界の高齢者の生活環境を調査しているNPO機関「ヘルプエイジ・インターナショナル」による「高齢者が住みやすい国ランキング」ではアジア諸国の中では最下位、全体96か国中60位とかなり厳しい結果でした。

この映画「チャンス商会」の別題は「Salut d'Amour(愛の挨拶)」。イギリスの作曲家エルガーの楽曲にも同名のものがありますが、関連はわかりません。ただ無名時代のエルガーが周囲の反対を押し切って、年齢の差、宗教の違い、陸軍少将の娘という身分違いの女性アリスとの婚約記念に贈った曲として知られています。愛があれば年齢やその他の障害も乗り越えられるという意味が込められた題名かと勝手に想像してみました。

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社会と会社

2015-10-06 18:21:16 | Weblog

日本語で社会という言葉をひっくり返すと会社。日常的に頻繁に使う用語ですが、改めて考えると双子の関係のように伺えます。明治8年(1875年)に「東京日日新聞」で「ソサイエチー(society)」にルビ付きで「社會」という語を使用したことで訳語として定着しましたが、社会という言葉自体はそれ以前、中国の「近思録(1176年)」の中でも見られます。中国の村落では「社」は土地神を「会」は土地神を祭る集会を意味し、土地ごとに祭りの為に開かれる集まりを「社會」と称していました。一方「会社」という表現は、江戸後期の蘭学者が、騎士団や学校を意味する単語の訳として登場しますが、companyの訳語としては福沢諭吉の著書「西洋事情」が最初です。勿論、近代化の直前で植民地となった韓国では「社会」「会社」のまま用語として受け入れましたが、中国では現代の意味での「社会」は、日本から逆輸入されましたが、「会社」は中国では「公司(コンス)」。微妙なニュアンスの違いがあったようです。

 世界史の中で登場する会社といえば、まず思いつくのが「東インド会社」です。ここで言うところの「インド」は、ヨーロッパ地中海沿岸地方以外の地域を指し、東インドをアジア地域、西インドはアメリカ大陸を指すことから、植民地支配を基とした商業政策を目的にイギリス、オランダ、デンマーク、フランスが運営した会社です。中でも1602年にオランダで設立されたオランダ東インド会社(連合東インド会社)は、オランダ連邦議会の決議によって誕生した世界最初の株式会社といわれます。会社はジャワ島のジャカルタに本拠を置き、国家から東インド地域での独占的な貿易権とともに、植民地での立法権、徴税権、通貨の発行権、裁判権、さらには条約の締結権から戦争の遂行権まで認められていました。最盛期には約40隻の戦艦、約150隻の商船、約1万人の軍隊を擁し、現代の株式会社の印象とは相当かけ離れたもので、貿易も行えば行政や戦争も代行する、いわば植民地に根を下ろしたもう一つの国家とも考えられます。そして貿易や植民地からの徴税による莫大な利益は、国家への上納金や株主への配当金として還元され、株主には年間約20%、多いときは50%の配当が支払われたようです。英語のCompanyは、ラテン語の compāniōn で、ともに(com)パン(panis)を食べること(ion)という意味から来ているとされますが、当時はパンどころか植民地のすべてを食い尽くす存在でした。

 世界最初の株式会社はオランダですが、世界最古の会社といわれる企業が日本にあります。神社仏閣建築の設計、施行を手掛ける株式会社金剛組(こんごうぐみ)の初代は、聖徳太子の命を受け百済の国から招かれた3人の工匠のうちのひとり、金剛重光です。工匠たちは、日本最初の官寺である四天王寺の建立に携わり、その後も日本に留まり代々寺を守り続けました。古今東西、社会も異なるように会社も様々です。

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