美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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初恋概論

2013-06-27 11:31:20 | Weblog

 

 映画「建築学概論」を観てきました。韓国では記録的なヒットと共に、初恋ブーム?を巻き起こしたという恋愛映画という事で、ちょっと私の柄ではないとは思いましたが、知り合いの勧めもあり、久しぶりに家内と映画館に足を運びました。(さすがにこのタイプの映画を男1人で観る勇気はありません!)映画は、会社の建築士として働く男性のもとに、15年ぶりに大学時代の初恋の女性が現れ、家を建てて欲しいと依頼するところから始まります。大学時代の過去の二人の出会いから別れを同時に描きながら、初恋(チョッサラン)というものの純粋さ、せつなさ、そして成長していく男女の現実を韓国映画らしく郷愁たっぷりに表現しています。

 韓国では女性に負けず劣らず男性陣の指示も多く得たという「建築学概論}ですが、実際に建築士から転職したというイ・ヨンジュ監督曰く「そもそも男性が、恋愛ものが嫌いなんてありえない。なぜなら、男性というものは女性が好きだから」との弁には妙に納得するところです。日本の生命会社の調査によると、初恋の人とゴールインする確率は約1%と100人に一人という希少さがあるうえ、「初恋のひとに再開したいか?」という問いYesと多く答えたのは女性よりむしろ男性でした。また「再開したい理由」は、男女とも相手の近況が知りたいがトップですが、男性の場合「当時好きだったことを相手に告白したい」が女性に比べて明らかに多いのが特徴です。これに対して女性が初恋の男性に再開したい理由で多いのは、「相手のルックスがどう変わったのか見てみたい!」です。昔の彼女から急に連絡が来てもよほど容姿に自信がなければ躊躇うところですね。恋愛、特に初恋に関しては、男の方が切実に、ある意味女々しく?記憶の中に刻まれているようです。

 聖家族教会(サグラダ・ファミリア)やグエル公園などで知られる著名なスペインの建築家 アントニ・ガウディは、学校の先生をしていたペピータ・モレウという女性に初恋をしますが、結局失恋し生涯独身で過ごしました。この事が彼の建築学概論にどんな影響を与えたかは不明です。

 ’男は愛する女の最初の男になる事を願い、女は愛する男の最後の女になる事を願う。(オスカー・ワイルド)’

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囲碁とバドゥック

2013-06-20 10:44:00 | Weblog

 

 子供のころ、訪ねて来た客を相手に嬉しそうに囲碁を打っていた父の記憶があります。私自身は結局囲碁を習わずじまいで、当時の囲碁道具も今はどこにあるのかわかりません。ただ、ずっしりと重い木製の碁盤のぬくもりと、碁石の冷たい感触は手に残っています。同じ碁盤でも奈良の正倉院に納められている日本最古の碁盤、木画紫壇棊局(もくがしたんのききょく)はまさに国宝の名に値する華麗な一品です。東大寺献納目録には、百済の義慈王(第31代、599~660年)から藤原鎌足に碁石(撥鏤棊子、ばちるのきし)と碁石入れ(銀平脱合子、ぎんへいだつのごうす)が贈られた記録があり、碁盤もこの時一緒に送られてきたものとされてきました。しかし、これまで唐で制作されたと考えられていましたが、当時唐では用いず、朝鮮半島で多用された松を材料としていることから、朝鮮半島で制作した可能性が高いことが宮内庁正倉院事務所の調査で判明しました。正倉院の宝物の大部分が、シルクロードや遣唐使を通じて唐から伝わったという固定概念を覆す結果と注目されるものです。

 碁の発祥は中国に「囲碁四千年」という言葉があるように、紀元前24世紀ごろ聖天子堯帝が囲碁を発明したという伝説があります。丹朱という息子があまり賢くなかったので、囲碁によって賢明な皇帝に育てるのが目的でしたが、結局 庶民出の舜を次の皇帝に定めましたから、その効果は如何だったのでしょうか?この伝説の為か?中国や韓国では、子供の頭を良くすると考えて、碁を習わせる親も多いようです。五世紀には、中国から朝鮮を経て日本に伝わった囲碁ですが、近代に入ってはむしろ日本を中心に囲碁は発展しました。しかしそこは教育熱心な韓国、中国が急速に力をつけ近年の世界大会では韓中を中心に争っているのが現実です。

 私が留学していた80年代のソウルでは、道端で囲碁(パドウック)をしているアジョシ(おじさん)、それをまた野次馬があーだ、こーだ言いながら囲んでいる風景をよく目にしたものですが、そんな姿も今は昔かも知れません。

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オペラとアリラン

2013-06-11 12:00:59 | Weblog

 先日 紀尾井ホールで開演された千恵Lee Sadayamaさんのソプラノリサイタルに行ってきました。2004年よりイタリア・ミラノに留学、5年間研鑚され、さらにイギリス・ロンドンで研修を重ね、昨年より日本を中心に活躍されている才能豊かなソプラノ歌手です。以前、ご招待をいただきながら診療の都合でうかがえなく残念に感じていただけに、今回のリサイタルは、期待以上に堪能させていただきました。ヴェルディ作曲のオペラ「オッテロ」からのアヴェ・マリア、オペラ「椿姫」からアリア「さようなら、過ぎ去った日々よ」、プッチーニ作曲のオペラ「ラ・ボエーム」から「私の名はミミ」「愛らしい乙女よ」、「蝶々夫人」から「ある晴れた日に」等々、比較的私でも知っている曲々を心に染み入るように表現され、最も優れた音楽は人間の声ではないかと感じる時間でした。本当にどの曲も素晴らしいものでしたが、ただ最後に聴衆のアンコールに応えて歌われた「アリラン」が不思議に少し異なる感覚として今でも心に残っています。

 「アリラン」は桔梗の花に寄せて恋の心を唄った「トラジ」と共に、韓国を代表する二大民謡の一つですが、昨年12月にユネスコの世界無形文化遺産に登録されたことで世界的に広める取り組みが活発におこなわれています。京畿道地方の労働歌謡を発祥とされ、現在に至るまで民族に愛され謳われ続けた「アリラン」ですが、その本当の起源やアリランという言葉の意味に関しては、‘アリラン百説’といわれるように未だ学術的定説はありません。また旋律は地方により異なり、歌詞もその時代時代、地域によって様々です。アリラン博士として知られる朴敏一河原大学教授の調査によって、民謡‘アリラン’は186種、2277連が確認されていますが、「密陽アリラン」、「珍島アリラン」、「旌善アリラン」などが特に有名です。今一般的に謡われる正調アリランと呼ばれるものは、1926年植民地時代の映画「アリラン」の主題歌がもとになっています。

 アリランは単なる歌ではなく「朝鮮の庶民社会を如実に反映した鏡であり、海外に住む僑胞も含む朝鮮人の心の故郷である」と著書「アリランの誕生」の中で宮塚利雄氏が述べているように、謡うものの魂の叫びであり、アリラン峠は目には見えない心の痛みのようです。「アリラン アリラン アラリヨ アリラン峠を越えて行く、私を捨てて行く愛しの君は 十里も行かずに足が痛む」

 

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