美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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映画「国家が破産する日」 映画評

2019-10-26 16:17:25 | Weblog

 誰もが程度の差はあっても心の中に触れられたくない、思い出すのも辛い記憶、いわゆる「トラウマ」があるのではないだろうか。同様な意味で‘国’の歴史の中にもトラウマといえる出来事が存在する。近年ならば、アメリカの同時多発テロ、日本の東日本大震災もその一つにあたるのかも知れない。多くの国民の心に深い傷跡を残し、今でも様々な影響を与えている。1997年、韓国はアジア諸国にて起きた急激な通貨下落を発端とした経済危機に陥り、IMF(国際通貨基金)の支援を受けると共に様々な管理下に入った。この映画は、IMFとの交渉にあたった当時非公開で運営された対策チームの緊迫したやり取りを中心に描かれたフィクションである。朝鮮戦争後最大の国難と言われた通称「IMF危機」。多くの国民の人生に影響を与えた出来事が21年経ってようやく映画化されたのは、いかにこの事が韓国の人々の中で生々しいトラウマとして刻まれていたかを示しているのかも知れない。

 舞台は、1997年11月のソウル。連日メディアからは好調な国の経済成長をうたうニュースが流れていた。韓国は前年の1996年末に先進国クラブと言われるOECDに加盟、失業率は過去最低を記録し、国民の経済意識を問うアンケートでは85%が自身を中流層だと答えた。そんな国内の雰囲気に後押しされて、より飛躍を目指し多くの企業はその規模の大小に関わらず資金を借りて新しい人材や設備の投資に踏み出そうとする。国民の誰もが今以上に豊かで明るい未来を夢見ていた時代、この物語はアメリカ最大の投資銀行東アジア事業部から投資家に向けた1通のメールから始まる。‘All investors leave Korea. Right now. (投資家は今すぐ韓国を離れろ!)’―7月にタイを中心に始まったアジア各国の急激な通貨下落は、韓国経済に大きな衝撃を与えるべく足元まで迫っていた。

 映画はそれぞれ立場の異なる3人の姿が描かれる。一人は韓国銀行通貨政策チーム長のハン・シヒョン(キム・ヘス)。彼女は様々な状況から差し迫る通貨危機を予測し報告、事態の重大さを強く政府に訴えることで、非公開の対策チームが立ち上げられる。しかし、翌年の大統領選挙を控え、事態の収拾より政治的影響を優先する大統領府の経済首席、また国民が受ける被害よりIMFによる経済改革を強引に推進しようとするパク・テヨン財政局 次官(チョ・ウジン)の対応にハン局長は憤りを覚える。一方、小さな町工場を経営するハン・シヒョンの兄ハン・ガプス(ホ・ジュノ)。堅実な経営を続けてきた彼も好景気という世間の雰囲気に押され取引拡大の為、扱わなかった手形決算の条件を引き受け窮地に陥る。そしてもう一人、国家的金融危機を独自に察知し、一攫千金のチャンスととらえて会社に辞表を提出、投資家を集め‘国家破産‘に人生最大の賭けを挑む金融コンサルタントのユン・ジョンハク(ユ・アイン)。

 財閥も含め多くの会社が倒産し、130万人以上が失業、経済的理由による自殺者も激増した国家的危機であったが、その原因、政府の対応、IMFとの交渉内容に関してはいまだ明らかにされていない部分も多い。それだけにエンターテインメントとしてどう表現するか容易ではなかっただろう。当時の報告書や資料、様々な人の経験談や関係者からの聞き取りをから完成したシナリオを基に監督の思いを練りこんだ演出、それに応え韓国俳優人の演技力が十分に生きた作品となった。ユーモラスな役からシリアスな役までこなす人気実力ともにトップ女優のキム・ヘスと、既に若手とは言えない実力派に成長したユ・アイン、IMF専務理事役のフランスの名優ヴァンサン・カッセルも食えないポーカーフェイスぶりの演技も魅せる。

 当時、徹底的な緊縮財政を強いるIMF管理下の韓国の食堂や小売店にてIMF価格という表示が目についた。IMF=緊縮、つまり安い特別価格ということだ。また、やけ酒飲んで

「IMFされた!」ぼやくのはIMF=I’m fired.つまり「解雇された!」という意味。その後韓国は、2001年にIMF からの負債を完済、管理体制から脱却した。苦しくて辛い出来事に対しても、あえてのタネにしてでも引っ張り出し泣きながら飲み込む姿が韓国人の「恨(ハン)」でありパワーなのかと妙に納得した記憶がある。

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映画「工作」評論

2019-07-29 11:10:55 | Weblog

映画「工作」 評論

 昨年日本でも上映された「タクシー運転手」「1987、ある戦いの真実」は、韓国の民主化が成し遂げられる過程で起きた事件や出来事、その中で人々が体験した悲劇や苦しみを描いた作品であった。そして今回、朝鮮半島においての最大の課題であり、政治、経済、外交のすべてに影響を及ぼし続けている南北問題の裏の歴史を、あるスパイ事件を基とした作品が日本公開となる。

韓国のスパイ事件というと北朝鮮のスパイまたは北側の指示を受けた人間による韓国内での行為を想像する人が多いかも知れないが、映画の副題にもある黒金星(ブラックヴィーナス)というコードネームを持つ主人公は韓国側から北に送られた実在の人物(パク・チェソ)である。彼は1990年に韓国軍の情報部に入り、当時から噂されていた北朝鮮核開発についての情報取集を担当する。ここで開発に関わったとされる韓国系中国人物理学者と関係を築くことに成功し、報酬と引き換えに低性能ながら北朝鮮が核兵器2発をすでに製造した事実を突き止めた。パク・チュソはこれらの功績が認められ、1995年国家安全企画部(通称 安企部、現在の国家情報院)にスカウトされる。彼は不満を抱いてビジネスマンに転身した元韓国兵を装い、中国・北京で中国の農産物を輸入する韓国企業に紛れ込んだ。ここで非関税扱いの北朝鮮製品も取り扱い、この仕事を通じて徐々に北朝鮮側の接触者やその他の情報提供者らとのネットワークを構築していく。やがて北側の厚い信頼を得るようになった彼は、韓国企業のコマーシャルを北朝鮮の景勝地で撮影しながら、工作活動を展開する。そして、1997年には百花園迎賓館でおいて北朝鮮最高指導者である故金正日総書記と面会できるまでになる。

本作品は、昨年韓国で上映されるや否や観客動員500万人を超え、韓国のアカデミー賞と称される大鐘映画祭 主演男優賞をはじめ数々の映画賞も席巻、名実ともに高い評価を受ける大ヒット作品となった。主演の黒金星を演じるのは、今や国民的俳優と評されるソン・ガンホと並び人気、実力ともに押しも押されもせぬ存在となったファン・ジョンミン。日本で既に紹介された『傷だらけの二人』,『新しき世界』、『国際市場で逢いましょう』、『ベテラン』,『華麗なるリベンジ』、『アシュラ』などで様々な顔を魅せ、作品ごとに独自の存在感を観客の心に残す稀有な俳優である。この映画に銃撃戦は勿論、追走やカーチェイス、暴力シーンも登場しない(ラブシーンも)。無骨な男たちの台詞による緊迫した心理戦、騙し合い、ファン・ジョンミン曰く「マウス・アクション」「シェイクスピア劇」様の展開が繰り広げられる。己の人生を捨て命がけの任務を遂行しようとする工作員 黒金星と、金儲け以外には興味のない楽天的な事業家を完璧に演じ分けるファン・ジョンミンに対し、北朝鮮・対外経済委員会のリ・ミョンウン所長役のイ・ソンミンが、これまた感情を内に秘めた緊迫の演技力で応えている。

映画「工作」のモチーフとなったのは、1997年12月の大統領選挙を控えて、金大中候補を落選させるために当時の安全企画部が主導したとされる「北風工作」事件である。金候補が北側から選挙支援資金を受けたとの噂を流す、さらに北の高官と接触して選挙直前に軍事的アクションを起こすことを依頼する等、いわゆる‘北からの風’を吹かせることで選挙を保守派有利にしようとの企てだ。しかし、結果的には金大中政権が誕生、作戦を主導した安企部海外室長の自らの口から事件は曝露され‘黒金星’の存在も世にあかされることになった。北の核開発の実態を暴くため命がけの工作をし、‘韓国諜報史上最も成功したスパイ’と評価されるも政権が変わるや、今度は作戦中に国の情報を北側に漏洩した罪で逮捕、投獄されてしまう。南北分断の歴史の中で暗躍したスパイの物語ではあるが、彼らも国家や民族の為という大義のもと、政治と権力に利用され翻弄された多くの名もない人間の一人に過ぎないことをこの映画は伝えてくれる。

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「新聞記者」映画評

2019-06-29 18:16:54 | Weblog

巨大組織や公権力による様々な圧力や陰謀、それを暴こうと懸命に奮闘する新聞記者という構図は韓国映画では暫し取り上げられるシナリオである。そこは、お茶の間であれ酒場の一席であれ、政治家や政局の裏話で盛り上がる「韓国人の政治好き?」を思えば必然的かも知れない。一方日本では正面から政権やメディアの問題を取り上げた所謂‘ポリティカル・エンターテインメント’は珍しいだろう。

映画「新聞記者」は、東京新聞社会部 望月衣塑子記者の著書を原案に、実際の事件や官僚と政権の癒着問題を彷彿されるエピソードを盛り込んだオリジナル作品だ。河村光庸プロデューサーによると、映画は「官邸に“不都合な質問”を発し続ける望月記者の「個」が集団に立ち向かう姿にインスパイアされ企画したもの」であるが、「一個人の新聞記者を美化・礼賛する内容ではなく、報道メディアに関わる全ての人たちにエールを送る」意味を込めたとしている。河村プロデューサーからこの作品の監督として依頼された藤井直人監督は、某雑誌のインタビューに答えて「政治的素養もなく関心もない自分には無理」と一度は断るものの最後は「フィクションとして、エンターテインメントとして描く」ことを条件に承諾する。しかし、改めて政治というものに向かい合い、官僚や記者に取材を繰り返す中でフィクションでありながらも、国家権力の闇に迫ろうとする記者・吉岡エリカと、理想に燃え公務員の道を選んだ若手エリート官僚・杉原拓海(松坂桃李)の葛藤と苦悩の政治サスペンスとして完成した。

深層を追い求める女性記者吉岡を演じるのは、9歳でドラマデビューし天才子役として活躍、その後大ヒット映画『サニー永遠の仲間たち』(2011)、『怪しい彼女』(2014)ほか多数の作品に主演し誰もが認める実力派女優 シム・ウンギョン。彼女が演じるエリカは優秀な記者であった日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで教育を受け、父親の遺志を心に秘めて日本の新聞社で働く女性記者という設定である。河村プロデューサー曰く、これは「ともすれば内向きになりがちな日本の報道メディアに複眼的な視点を持ち込むため、これは必然的な成り行き」で且つ「複数のアイデンティティと苦悩や葛藤を持つ役柄に言語を超えて表現できるのは彼女以外ない」ことからのキャスティングと述べている。 幼少時から芸能界で過ごし、同世代と比べると多くの人生経験を積んできた彼女だが、活躍によってさらに評価が高まるにつれ、自他ともに感じる期待や無言のプレッシャーもあるだろう。俳優としての幅を広げるために「いろんな国でいろんな経験をしたい」と考え、一時俳優活動を休止し米国留学したことも、そして2年前から日本での演劇、映画活動を始めたのもそんな理由からだ。今ではインタビューも全て日本語でこなす日本語の実力は、複数のルーツを持つ帰国子女という設定を忘れるほどである。

本作品では、権力対個人を描いた韓国の社会派映画によくみられる絶対的な悪役は登場しない。国民はあえて知る必要がないと判断した情報を守り、そのためには手段を択ばない冷徹な杉原の上司・多田智也(田中哲司)でさえ、自分の仕事こそ国家の安定に必要で国益であるという信念を持つ。一方、国民の知る権利を守ることこそ民主主義の根底であり、ジャーナリズムの使命であると考える記者・吉岡。多田と吉岡、国益を選ぶか個人の権利を優先するか、父として家庭の安泰か良心の思う通り行動するかの狭間で苦しむ杉原の姿は、どこにでもいる普通の人間の姿である。「そんな理由で自分を納得させられるんですか?? 私たちこのままでいいんですか??」シム・ウンギョンの厳しい眼差しと心の底から絞り出される言葉を受け、激しく動揺し虚ろな表情をうかべる杉原。その問いは映画を観る私たち自らに向けられていることに気づきハッとさせられる。

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ミュージカル劇 「はだしのゲン」

2019-04-09 10:42:12 | Weblog

ゲンとの再会は何十年ぶりだろうか。自らの被爆体験を基に書き上げた中沢啓二原作の漫画「はだしのゲン」が週刊少年ジャンプで連載がスタートしたのは1972年、私が小学生の頃である。日本は韓国戦争(朝鮮戦争)特需を基に始まった高度経済成長を歩みはじめ、1956年の経済白書に宣言された「もはや戦後ではない」という言葉が国民一人一人まで実感されてきた時代。漫画雑誌も黄金期を迎え、多くの人気漫画が連載されていた。しかし、それら漫画の中で「はだしのゲン」に描かれた広島原爆投下の実態の生々しい描写は、子供の目にもおどろおどろしく、またそんな悲惨な状況下での主人公ゲンのしぶとさと明るさは不思議な対比として鮮明に記憶に残っている。

「ミュージカルはだしのゲン」は、木山事務所プロデューサーの木山潔が原作者の協力のもとに制作され1996年初演、2013年まで日本各地、さらにニューヨーク、モスクワ、ポーランド、韓国など世界で400回以上の公演を重ねた。今回の作品は、木山氏の意志を引き継いだPカンパニーが木島恭氏の脚本・演出のもと今現在の時代背景、様々な状況下で求められたバージョンアップ版「はだしのゲン」と言ってもよいだろう。漫画に描かれた主人公の父 中岡大吉はかなり短気で己の正義感や価値観にてらして間違ったものに対しては、相手が誰であれ立ち向かい、時には暴力もじさないという人物である。一方、劇中の大吉は、同様に徹底した平和反戦主義を貫く頑固ものであるが、優しさと風格を感じる演技に誰かの面影を感じながらみると配役 加藤頼とあり、名優加藤剛さんの次男であった。そしてゲン(中岡元)役の女優(いまむら小穂)の元気な坊主少年としか見えない(失礼!)エネルギ―溢れる演技と、演劇全体に流れる「踏まれても、踏まれても、踏まれるほど大きく育ち、やがて豊かな実をつける麦のように強く生きる」というテーマが悲惨な物語でありながら観るものに勇気と可能性を示してくれる。

強い反戦意識と共に、人種や民族による差別に対しても明確に否定し、子供たちにも周囲の言動に追従しないよう厳しく諭す父 中岡大吉。そんな大吉に対して尊敬の念を持ち、ゲンの母の身重もあり貧窮する中岡一家に食料を届ける朴さん。朴さんは植民地支配下時代、徴用や徴兵という名のもとに連行された朝鮮人の一人である。実際、戦争末期は人的資源の不足が深刻になり日本の国家総動員法も朝鮮半島まで適応され、当初自由募集であった徴用も次第に強制的さをおびるようになる。原爆投下当時、広島、長崎にも多くの朝鮮人労働者とその家族が在住していた。そして数万人が被爆、市内に集中して居住していた彼らは被爆後も頼る知り合いもなく残留放射線の影響を受け続けた。さらに劇中にあるように避難所でも差別の為十分な手当もうけられないケースも多かった。結果的に祖国に帰れぬまま多くが死亡し、2万3千人が漸く韓国に生還するも日本に7千人あまりが残留したとされる。祖国に戻った彼らを待ち受けたのは、放射能汚染に対する周囲の偏見と日本の為に働いたことに対する非難の中で「忘れられた被爆者」として永らく放置されることになる。2016年伊勢志摩サミットへの参加で訪日したオバマ元大統領が広島へ訪問した。

 

現職米大統領として原爆死没者慰霊碑への献花と演説は歴史的な出来事としてまだ記憶

に新しい。しかし、そこからわずか200mの場所にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑の存在はあまり知られていない。

超ロングセラーとして1000万部以上発行された漫画「はだしのゲン」の原作者中沢啓二は7年前に肺がんで他界し、最初の「ミュージカルはだしのゲン」のプロデュサー木山潔も後を追うようにその2か月後に同じく肺がんで世を去る。しかし、世代を超えて漫画は読み継がれ、ミュージカルは再びリニューアル上演された。「自分の頭でよう考えろ、何が本当で何が嘘か、自分の目でよく見ろ」ゲンの父は多くの犠牲者に代わって今の私たちに問い続けている。

  

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映画「1987」映画評

2018-12-01 15:59:04 | Weblog

 1987年 ソウル。この映画の中心舞台となる延世大学で留学生活を送っていた私にとっても特別な作品である。他科の学生に比べると真面目で優秀ではあるが、多少個人主義で政治活動や学生運動に対しては関心が低いとみられる医学生中にも講義の合間に集会を開き、軍事独裁の非を訴えデモの参加を呼び掛ける同級生のメンバーがいたことを思い出す。作品中、学生運動を主導するグループがアニメの上映会と銘打って、一般学生を誘い「光州事件」のビデオを見せるシーンが登場するが、確かに私も同級生から前置きなく同じような内容のものを見せられた記憶があった。普段は一緒に酒も飲み、くだらない話や失恋の悩みも面白おかしく話す友人であっただけに、騙されたとは言わないまでも何か気まずい思いを感じた。暫し講義がデモによって中断され、催涙ガスによってひりつく顔を水で洗う日常の中、レポートや試験の準備に忙しく政治どころではないという気持ちもあったが、本音は日本からの留学生ということで、目立つような行動は避けたいという無意識な自己防衛心が働いたのかも知れない。それほど当時の軍事政権による監視圧力は強く感じるものであった。

映画の背景となる80年代、軍事クーデターにより国を掌握し1979年までの18年間、軍事独裁的政権を続けた朴正煕大統領が暗殺で倒れたことで一時、国民の民主化への期待は高まったが、全斗煥保安司令官による戒厳令発令と光州民主化運動の弾圧、そして新たな軍事政権の誕生によりその期待は打ち砕かれた。しかし、知識層、特に理想を求め、ある意味純粋な学生たちから言論の自由、直接選挙による民主主義政権の樹立のための強い熱意やその為の民主化運動は自然の流れでもあり、その中心となったのが「386世代」と言われた「1990年代に年齢が30代、1980年代に大学生活を送り、1960年代に生まれ」の彼らであった。反面、戦後の植民地支配からの独立、6.25戦争(韓国戦争、朝鮮戦争)による南北分断と常に周囲国の中で翻弄されてきた韓半島の歴史では、外交、政治、経済の早急な発展のためにはある程度の独裁政治をやむなしとする意見も皆無ではなかった。特に生活にさほど余裕がない一般の国民からは、親のすねを齧る学生が本分である勉学を怠り、政治運動をすることに批判的な声もあったはずである。それが1987年、ソウル大生 朴鐘哲(パク・チョンチョル)と延世大生 李韓烈(イ・ハニョル)の二人の死により一気に国民全体の闘争に発展し、結果的に大統領直接選挙制を容認させ、韓国民主化実現の大きな分岐点となる。それだけ韓国現代史において非常に大きな出来事であったにも拘らず、政治的配慮からか正面から語られることもなかったテーマの映画化には多くの困難があったことが覗える。映画企画当初はシナリオが外部に漏れないように極秘裏に進められ、具体的な資金援助を持ちかけても当初は多くの企業は尻込みする。しかし、チャン・ジュナン監督曰く、幾つかの奇跡があり作品は完成し、韓国内で動員数700万人を超えるヒットとなり、海外でも次々に上映され高い評価を得ることになる。

映画は、発端となったソウル大生拷問致死事件を中心に展開し、事件に関与した実在の人物たちの心の葛藤も掘り下げることで一個人の視点からこの歴史の一幕を映し出すことに成功している。特にキム・ユンソク演じる拷問致死事件の主導者である治安本部 対共分室のパク所長を単に無慈悲な悪人としてではなく、幼少時の悲惨な体験により反共=愛国主義と頑なに信じた時代の産物として描く一方、権力に屈せず己の職位をかけて法を順守するハ・ジョンウ演ずるチェ検事。善と悪として対峙させる。どちらも国を守り職務を全うする意志と忠実さは相似した人間でありながら全く正反対の行動となる。この映画は無力な個々の力の結集から民主化という大きな変革を成し遂げた勇気と共に、イデオロギーや政治によって人の心が分断されることへの警告がと受け止めるべき作品ではないだろうか。

 

 

 

 

アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲

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「共犯者たち」 「スパイネーション/自白」 映画評

2018-12-01 15:55:49 | Weblog

 中学生ぐらいの頃だろうか、一時漠然と新聞記者になりたいと考えた。きっかけは当時新聞で連載されていたコラムを読み、800字にも満たない文章が伝える世界に何かしら心に伝わる力を感じての事だったと思う。それもそのはず、当時コラム欄を執筆していたのは新聞史上最高のコラムニストと評されながら急逝した深代惇郎記者であった。彼が担当した期間は3年弱の短い期間であったが、コラム「天声人語は「天に声あり、人をして語らしむ」という中国の古典に由来の通り、世の様々な出来事、事象、事件を幅広い教養と知識から分析しつつも決して奢らず、また、何者にも媚びず、あくまで民衆の目線で言葉にした。それ故、鋭い洞察力と洗練された内容ながら文章には温かい血が感じられたのだろう。そんな記事が書けるジャーナリストに憧れた時期があった。

一方、今回日本で上映される2本のドキュメンタリー映画「共犯者たち」「スパイネーション/自白」に登場するのは、権力やそれに迎合するメディアに対する追求や、国家機関によるスパイ捏造事件の真相究明に奔走する「戦うジャーナリスト」たちである。監督は、韓国の公営放送局MBCで様々な不正、腐敗事件を暴き、名物PDとして名をはせた崔承浩(チェ・スンホ)氏。彼は2008年に誕生した李明博政権後、MBCのスクープ番組「PD手帳」での米国牛肉BSE(狂牛病)疑惑報道をはじめ政府に対する批判姿勢を貫く。2010年それまでの社長に代わり李大統領と個人的に近いとされる新しい社長の就任に伴い、様々な制作編成や人事の交代が行われ、それに反発するMBC労組は社長退陣と公営放送の正常化を訴え170日間に及ぶストを行った結果、157名が懲戒を受け崔承浩PDを含め6名が解雇されることになる(2012年)。崔承浩監督は 、朴槿恵大統領が就任する翌年、MBCのみならず、KBS、YTNなどを解雇されたジャーナリストと共に非営利民間団体としてジャーナリズムセンター「ニュース打破」を設立した。権力と資本から独立した自由なメディアとしてSNS上の呼びかけで集まった市民の会費での運営を主とし、その名前はマスコミに溢れるフェイクニュースを「打破」し検証のもと事実を伝えるニュー―スを目指すことから命名されたという。

2作品のうち「共犯者たち」は当時の保守政権下でおこなわれたとされるメディア統制の実態や、それに抵抗する崔承浩監督や同僚、仲間たちの9年間の闘いを編集したドキュメンタリ―である。ここでいう「共犯者」とは権力に追随する側についたメディア関係者を指す。映画内で崔監督が前MBC社長や編集責任者へのアポなし取材やインタビュー場面で暫し使われる「同じ記者出身として!」「言論出身なのに!」という言葉から、その憤りは権力者(=主犯)そのものに対する以上に同業者により強く注がれているのかの如く見てとれる。もう一つの作品「スパイネーション/自白」は、2012年の国家情報院による「北朝鮮スパイ捏造事件」を長期にわたる徹底的な取材をもとに追求し、真相に迫ったものだ。作品の後半で1970年代軍事政権の真っただ中、留学中にスパイ容疑で逮捕、拷問による自白強要で懲役12年の刑を受け心と体に重い障害を残した在日韓国人の金勝孝(キムスンヒョ)さんへのインタビューは痛ましく、悲しい。

全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いた小説「1984」の著者で英国のジャーナリストのジョージ・オーウェルは「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。 それ以外のものは広報にすぎない。」という言葉を残した。誰もが「言論の自由」が大切であるということに疑問を持つことない。しかし、「言論の自由」「報道の自由」は暫し多数派、力のあるもの、権力を持つものに都合が良い場合は容易である。しかし、彼らが報じたくない事柄をどう扱うかでジャーナリストとしての真価と存在意義が問われることをこの作品は示しているのではないか。

 

 

 

 

 

アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲

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映画「焼肉ドラゴン」鑑賞後記

2018-06-09 17:52:21 | Weblog

日本で数々の賞を総なめし、韓国でも非常な好評を博した演劇「焼肉ドラゴン」。残念ながら私自身は2008年初演の以来、2011年、2016年と見逃し続け、次回の上演こそと待ちわびていた矢先の映画化の知らせに正直少し複雑な思いがあった。勿論、大いに期待する半面、果たして演劇ならではの臨場感や一体感が映画のスクリーンでは抽象化、一般化されどこか遠く感じてしまわないだろうかと。しかし映画初監督にも拘わらず鄭義信の手にかかればそんな心配は杞憂であった。

ストーリーの舞台は高度成長期、関西地方の空港そばにあるトタン屋根長屋が連なる一角の小さなホルモン屋。この地域は戦時中 軍用飛行場建設のため多くの朝鮮人労働者が集められ住み着いた場所である。戦後空港は米軍に接収、周囲の地域も国有地として摂取されるはずが、混乱の中で行き場を失った朝鮮の人々が住み着き、そこへまた日本の他の地域だけでなく、朝鮮半島からも同郷の知人や親せきを頼って人が集まり暮らしていた。植民地時代兵隊として徴収され、左腕を失いながらも故郷の済州島に家族と共に帰るべく懸命に働き続けた「焼肉ドラゴン」の店主 金龍吉(キム・ヨンギル)もそんな一人。  一方、龍吉の再婚相手 英順(ヨンスン)も同じ済州島出身で、彼女は所謂「済州島四・三事件 」後 娘一人連れ命からがら日本に渡りこの集落にたどり着く。朝鮮戦争後、反共を掲げてきた韓国では永らくこの事件への言及はタブー視されていたが、2003年廬武鉉大統領就任後、初めて国として島民に謝罪するとともに、真相解明、数万人といわれる犠牲者の名誉回復を宣言された。韓国映画「jiseul(チスル)」はこの事件を題材に描かれた作品で、2013年にサンダンス映画祭(米国 ユタ州)で韓国映画として初めてワールドシネマグランプリを受賞している。 そして今年の4月3日、文在寅大統領は追悼記念式に出席し改めて盧大統領の意思を引き継ぐことを誓う演説を行っている。在日一世の歴史的背景、そして店主夫婦のように何故様々な困難と闘いながらも異国の地にしがみつき生きざるを得なかったかを理解するうえでは忘れていけない歴史である。

映画は大阪万博開催の直前の1969年、金家の長男 時生(ときお)が‘嫌いだった’町の細い路地―子供らの笑い声と泣き声とわめき声、おっちゃんやおばちゃんが怒鳴りあう声が朝から晩まで騒がしい―を通り実家「焼肉ドラゴン」帰ってくるところから始まる。鄭義信監督が演劇の戯曲を執筆する最中、昭和の時代考証として多少意識したという邦画「Always 三丁目の夕日」にも感じる懐かしさの匂い。しかし「焼肉ドラゴン」の味付けはより力強く、うるさく、にぎやかで、楽しく、愛おしく、哀しい、まさに噛み応えのあるホルモンで、韓国ドラマや映画に出てくる人間たちの激しさ、熱さともどこか異なりものである。物語は一家の長女(真木ようこ)その幼馴染 哲男(大泉洋)、次女(井上真央)との三角関係、三女(桜庭ななみ)の不倫、長男 時生(大江晋平)のいじめ問題を中心に展開していく。ベテラン、若手の出演者一人々の息づかいを感じる演技は、まさに目の前で舞台を見ている錯覚に陥る。出演者がアボジ、オモニを中心に真の家族になって行く過程は、オモニ英順役のイ・ジョンウン、そして特に映画化にあたって鄭義信監督が店主 龍吉役はこの人しかいないとオファーした韓国の名脇役 キム・サンホの存在は大きい。彼の日本語による静かで長い昔語りは、演技力云々より龍吉の生き様を言葉に移し替えた心の呟きである。

この作品を「在日」というジャンルで括られることは監督も望んでいないはずだ。大切な人がいれば苦しくても、悲しくても「明日はきっとえぇ日になる」と信じる「究極の家族愛と希望」の物語である。鄭義信監督が日韓どちらでもない‘棄民’と表現するある在日一家の話が、両国で高い評価をうけ、感動を与えるのはその為だろう。

 

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統一の遺伝子

2018-05-24 18:07:47 | Weblog

未来の医療を語るときのキーワードと言えば、遺伝子治療と再生医学でしょうか。「うちの子は誰に似たのかしら?」多分どの家庭でもよくされるこの会話、時に夫婦げんかの種にもなりますが・・・とりあえず「遺伝子」について少し整理してみます。

1865年メンデルはエンドウ豆の交配により親から子へ形質(姿、形、性質)の伝わり方に関する重要な法則を発見しました(メンデルの法則)。しかし、実際に形質を伝える物質が何であるかは謎のままでした。1900年代に入り、バッタの生殖細胞の核内にある棒状のものが遺伝を伝える素=遺伝子ではないかと考え、細胞を色素で染めたときによく染まるところから染色体と名付けられました。やがて遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)という糖とリン酸、4種類の塩基からなることが分かりました(1944年 アベリーの実験)。そして1953年、皆さんも一度は名前を耳にしたことがあるでしょうが、ワトソンとクリックによりDNAは二重らせん構造である事が明らかにされ、これにより分子レベルでの遺伝子研究が一気に加速することになりました。

1980年代になり遺伝子に関する詳細な研究が進むにつれて、いずれ人間は生命の設計図を手に入れることができるのではないかと科学者は考えます。1990年、アメリカ政府が3000億円の予算をたてて立ち上げたのがいわゆる「ヒトゲノム計画」です。ゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)の合成語で、或る生物が持つ全ての遺伝情報を意味します。2003年にはヒトの全塩基配列を決定され、ヒトの遺伝子数は約2万2000個、対になる塩基数は約30億塩基ということが判明しました。当時のアメリカ大統領ビル・クリントンは「人類はこれまで作ったものの中で、最も価値のある地図」と自画自賛しました。しかし、実はこれは本当の解明の始まりに過ぎませんでした。

遺伝子の情報は、結局のところ生物の体を構成するタンパク質を構成するための暗号であり、ヒトのタンパク質の種類は5万から10万種類と考えられていますが、遺伝子数が2万余りなら、足りません。また全塩基対の98%がタンパク質合成暗号として意味をもっていない等、不明のままです。世界中の科学者、研究機関が莫大な費用をかけてやっとスタートラインに立てたという感じでしょうか。

一方10年以上の歳月と3000億円余りかかった人間一人のゲノム配置決定も、今では1週間ほど、費用も100万円で可能になり、今後はさらに身近になるでしょう。それに伴い、個々の遺伝子検査に基づいたオーダーメイド医療時代の幕開けと期待されます。現在遺伝子治療、ゲノム編集技術に関する特許数でアメリカが圧倒していますが、韓国もフランス、中国、ドイツに次ぎ第5位と健闘、それに伴い韓国国会でも癌など特定の疾病に制限されていた遺伝子治療研究をすべての病気に拡大する法案が推進されています。反面、やや怪しげな民間レベルでの遺伝子診断も横行しており、先述したようにまだまだ霧の中を手探りで進んでいる現実であることを理解する必要があるでしょう。

いずれにしても、将来本当の意味ですべての遺伝子情報そして、それによって合成されるタンパク質の種類や役割が解明されたなら、その人間の外観、体質、性格、未来の病気、寿命まで予想できる日が来るのでしょうか?オックスフォード大学をはじめ、最新の研究で遺伝子絶対説にかわりエピジェネティクス(epigenetics 後成遺伝学)が注目を集めています。これは遺伝子の作用はヒトが生きているあいだ常に変化しうる、そしてDNA配列はそのままでも、変化した作用、影響は次世代に伝わるというものです。つまり一定の遺伝子を持っていても環境やある刺激により遺伝子の持つ形質が発現するか、どう作用するかが決まり、その特徴や結果的に起きた変化は子供や子孫に伝わるという事実です。まさに遺伝子に運命づけられているのではなく「未来は変えられる」ということす。国をひとつの生命体と考えれば、そこに住む1人一人が遺伝子であり、戦争、平和、そして民族統一という変化も運命ではなく、様々な行動や意識によって選択できるものなのだと例えられるかも知れません。

 

 

 

 

アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲

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弱い人工知能(AI)と強い人間

2018-04-09 13:31:16 | Weblog

ここ数年はマスコミやネット上に人口知能(AI)という言葉が登場しない日はないかも知れません。そのAIへの関心をに一気に集めるきっかけになった大きな出来事として2016年3月、囲碁の世界では最強の一人と目される韓国の李 世ドル(イ・セドル)棋士とGoogleが開発したゲームAI「AlphaGO」の対戦がありました。対局前の大方の予想は李 世ドル其士優勢であったのが、結果は4勝1敗でAlphaGOの勝利、人工知能が囲碁という高度な頭脳ゲームにおいて人間を打ち負かしたことは世界を驚かせました。遡る事20年ほど前、1997年に当時チェスの世界チャンピオンであり天才といわれたカスパロフに初めてIBMのコンピューター「DEEP BLUE」が勝った時以上の衝撃です。この時は、スーパーコンピューターの計算ミスによる誤手が、逆にまぐれ勝利を導いたとも評価もありましたが、AIと対局した李世ドル其士は「AlphaGOはほぼ完璧なゲームをした。一度も自分がリードしたと感じなかった。」とも言わしめました。

人工知能という言葉は、1956年にアメリカのダートマス大学で行われた研究者の会議において使われたのが最初だと言われています。その後、コンピューターの計算能力は画期的に進歩しましたが、知識やデータの処理が速い機械という範疇を超えるまでには至らないレベルでしたが、2000年代になって人間の脳神経回路を模索して考案された「ニューラルネットワーク」と「ディープラーニング」という自ら対象の特徴を見つけて学習する技術を取り入れたことで「知能」つまり、「知識や経験を基に思考し判断を下す力」をつけ始めたと言われています。この二つの基本技術は、コンピューター処理性能の飛躍的向上とインターネット網の広がりによるビッグデータの蓄積で、或る条件下では既に人間を凌駕するものです。

世界で最も早く高齢化、人口減少の道を突き進む日本はもちろん、それ以上のスピードで少子化が深刻な韓国でも、減少する労働人口を補うためには様々仕事の現場にAIは導入されていくでしょう。人手不足を補い、業務を助けるテクノロジーとしての期待する半面、人間を追い払い、とって代わる脅威になるのではという不安を持つ人もいるでしょう。医師の中でもそれは同じです。「AIを用いた診療支援を必要とするか?」というアンケートに半分以上が有効だと回答する一方、AIの得意分野とされる画像診断や情報をもとに可能性の高い疾病を分析してピックアップする作業から始まり将来的には医師の役割が代置され縮小していくのではないかとの声も聞かれます。これは医療に限らず、ほぼすべての業種そして人間の存在そのものを脅かすのではないか、かつてSF映画や小説で描かれた世界を想像してしまいそうですね。

AIと共存する社会を考えるとき哲学者ジョン・サールが提唱した「弱いAI」と「強いAI」という分類が参考になるのではないかと考えます。ここで言う弱い、強いはAI の処理能力や有用性を意味するものではなく、「物事の意味を理解し自ら思考する知能」を持つかどうかです。与えられた条件下のゲームで莫大な計算能力を発揮して人間のチャンピオンに勝利したとしてもそれは「弱いAI」の範疇であり、一方役に立たなかったとしても自ら思考し何らかの答えを導けたならば「強いAI」と判断されます。まだ、本当の意味での「強いAI」は実現していませんし、「真の知性」を持つAIの実現は不可能だとする研究者もいます。AlphaGOも実は囲碁のルールも意味も理解してはいないのです。 対局後、李世ドル其士は「古い考え方に疑問を持ち、これから学ぶことが増えた。」とコメントしました。その言葉の中に「強い人間」の可能性と、AIと共存するヒントがあるような気がします。

 

 アジアン美容クリニック 院長 、帝京大学医学部、形成外科、美容外科講師 鄭 憲

 

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さまざまな美容情報が溢れる中で・・・黒い肌が白くなるとうたう石鹸のネット広告をみて

2018-03-06 11:53:58 | Weblog

 先日 患者さんから洗うだけで肌が白くなり、シミやしわが消える石鹸の広告に関して質問されました。

その商品を紹介しているサイトを見てみると確かに洗うだけで漂白効果?があるとうたっています。説明にはメラニン濃度が35%以上の肌(この表現も意味不明ですが・・・)にだけ反応し、シミ、くすみを洗い流し、白い肌になれるとあります。さらにパリコレ常連のトップモデルであるという黒人女性が使用し白い肌になったというコメントと共に、女性の手の甲部分の写真が掲載されていました。明らかに皮膚の一部のメラニン細胞が何らかの原因で減少、消失してしまい皮膚の色が白く抜けてしまう病気である白斑症(一般的に‘しろなまず’と言われるもの)の写真です。先天性、遺伝性のものと後天性の白斑症あり、後天性では、ストレス、薬剤、化学物質、自己免疫疾患、感染症など様々な原因があり、年に9万人以上報告され決して少ないものではありません。また、治療法も状態や原因によって選択されますが、まだ完全ではなく悩んでいる人が多いのも事実です。それだけに、このような広告に利用されることは決して許されるものではないでしょう。

もちろん、少しでも医学的知識があればこのようなニセ情報に惑わされることはないでしょうが、今回の美白石鹸?に限らず、いかにも最新の研究成果であるように思わせる表現は巧みです。医学用語っぽい単語を並べ、外国や国内の研究機関名をちらつかせ信じさせようとします。また、有名人や海外のセレブが使っているとか、匿名の体験談を載せる、また情報源のはっきりしない統計結果やグラフ、アンケートなどをそれらしく説明しているのも多いようです。特にシミ、ニキビ、しわ、薄毛、ダイエット、健康サプリメントなど関心が高い悩みで、手軽さやお小遣いで何とかかえるネット販売は、そのようなニセ美容医学のターゲットになりやすいかもしれません。

モノの真偽を見極めることはどんな分野でも簡単ではありませんが、少なくても痩せる、細くなる、毛が生える、白くなる、しわが無くなる等々、簡単に体や皮膚が変化することは医学的に容易い変化ではないのです。簡単に、飲むだけで、塗るだけでそれが可能になる化粧品や栄養剤、サプリメントは存在しないと考えて間違いありません。

 

 アジアン美容クリニック 院長  帝京大学医学部  形成外科  美容外科講師 鄭 憲

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