美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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母なるもの

2009-11-22 16:58:50 | Weblog

 

母なるもの

 しばらくぶりに映画を観に行きました。ボン・ジュノ監督の「母なる証明」(原題 マザー)です。ストーリーは、殺人の容疑で拘束された知的障害のある一人息子(ウォンビン)の無実を信じて、孤立無援で真実をさぐる母(キム・ヘジャ)を描いたものです。勿論 真犯人を追って繰り広がれるサスペンスとしても十分緊張感のある作品ですが、監督が表現したかった真のテーマは‘母と息子の絆’特に‘韓国の母というもの’です。

 母親べったりの男性のことを日本ではマザコンと言って、女性たちの軽蔑?の対象になりますが、韓国ではある意味大多数の男性がマザコン(韓国では通称ママボーイ。)といっても過言ではないかも知れません。二十歳前後の息子と母が手を繋いで歩いたり、恋人同士のようなスキンシップは、珍しくありません。これは息子が母親に抱く感情、そしてその愛情表現としてごくあたりまえの事であり、周囲も自然なものと受け入れるため日本ほど特別視されません。そして韓国男性にそんな絶対的な愛と信頼を抱かせるのは、まさに韓国のオモニたちの息子に対する無償、無限のサラン(愛情)です。

 儒教が社会規範、倫理観に強い影響を及ぼしてきた韓国では、いまだに男尊女卑とまでは行かなくても、男性優遇社会であることは変わりません。当然女性たちの社会的な活動には、まだまだ制限も多く、経済的な男女格差も大きいと言えます。そんな背景の中で、女性は母になり男子を産み、立派に育てることで、社会に自分の存在を証明し、自分の‘恨(ハン)’を晴らすことができるのではないでしょうか。これは私の考え過ぎかも知れませんが、この映画で表現されている社会的な善悪を超えたオモニの行動を理解するには、子を守る親の本能以外の説明も必要な気がします。

 文化や文明の発達と共に、人間は動物的な本能を少しずつ失って行く反面、その国、社会、宗教や倫理ごとに人間としての本性が付け加えられて行くことでしょう。オモニとおふくろ、マザコンとママボーイの違いもそんなところではないでしょうか・・・

 

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年をとると時間が経つのが早くなる法則?

2009-11-18 18:58:33 | Weblog

 

年をとると時間が経つのが早くなる法則?

「朝起きたら昨日まで無かったシワが目尻にできた!」と慌ててクリニックに駆け込んでくる患者さんが時々います。そんなことがあるのかと思う人もいるかも知れませんが、実際、目の周りの皮膚は体の中で最も薄く、かつ 一日数万回おこなわれる瞬きや目の周り筋肉の動きのため、皮膚の変化が起き易いのは間違いありません。疲れたとき目が窪んで見えたり、急に片側だけ二重になったりした経験は 結構皆さんもあるのではないでしょうか。少しずつ進んでいく皮膚の老化も、目の周りに最も早く表れるため、前日のコンデションの影響が次の日に目元のシワとして突然出現してもそれ程おかしい事ではないのです。急にできた小じわならば、癖ジワになる前にレーザーや注射などでケアーできるため、ホッとして帰っていきますが、「最近 一年一年が前と違って、年をとるみたい。」と感じるようです。

 それとは別に 「年をとるごとに時間が経つのが早くなる。」と思うことはありませんか?19世紀のフランスの哲学者ポール・ジャネは心理学的にこの現象を説明し、「ジャネの法則」として甥のピエール・ジャネが紹介しました。簡単に説明すると、「50歳の人にとって1年の長さは人生の50分の1ですが、5歳の子にとって、1年は人生の5分の1に相当する。ゆえに5歳の子供の1年は50歳の人の10年にあたり、5歳の1日は50歳の10日に相当する。だから心理的な長さ年齢に反比例する。」と言うもので何となく解るような 解らないような説明です。

 脳科学的に「記憶」と言う概念から説明したものもあります。人間は脳の海馬という部分に記憶を固定することで時間を認識します。この海馬での記憶の固定には20分ほどかかると言われますが、子供のころは毎日毎日経験したありとあらゆる物事を海馬で記憶していきますから、記憶の固定に多くの時間が必要になります。この課程が多いほど人は時間が流れるのを遅く感じるのです。逆に年をとるごとに、大部分が過去に記憶した経験則になるため、海馬による固定のプロセスを踏むことが少なくなるため時間が短くなると言うわけです。

「時間よ とまれ!」と思う中高年の皆さん、どんどん新しいことに挑戦してください

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右側、左側の謎

2009-11-11 14:55:18 | Weblog

 

右側、左側の謎

 

韓国で、今年101日から全国の公共交通施設と公共機関で「歩行者右側通行」が試行開始となりました。日本植民地統治時代の1921年にそれまでの右側通行から左側に変更された後、第二次大戦後 車両は米国式の右に戻され、歩行者はそのまま残ったものが88年ぶりに再び改定されたことになります。韓国国土海洋丁は、今回の改訂によって歩行者と車との接触事故が20%近く減るものと期待しているようです。その根拠として、「歩道の右側通行をすることで、車道の車と向かい合い早く確認できる。」「横断歩道の右側を歩くことで、停止ラインを超えてくる車両と一定の距離を確保できる。」ことなどを挙げています。歩行者の交通事故死者数がOECD加盟国中最多であることも今回の変更の要因の一つでしょう。

日本は今、車は左、人は右側通行となっていますが、それ以前は車も人も左側通行でした。その理由として江戸時代、武士が左腰に刀を差したため、刀同士がぶつからないように、左側になったとの説が有効とされていましたが、浮世絵などで町の様子を表したものでも、右側通行であり、どうもこの説は俗説みたいですね。(前方から来る武士に抜き打ちで切られぬように右側を歩いたとの理由がつけられています。どちらも武士の刀と関係していますが・・・)世界的にはアメリカを始め、右側通行が多数派で、左側通行はイギリス、アイルランド、オーストラリア、マレーシアなどです。フランスはナポレオンの時代にそれまでの左側から右側に変えられ、彼に征服された他のヨーロッパの国もこの時右から側になりました。

そもそも、右側と左側通行では、どちらが理にかなっているのでしょうか?約2メートル離れたところから玩具の矢を放ち、人がどちらに退避するかという実験をした結果では、左への退避傾向が強かったとの結果があります。逆に 人は目も右利きが多いため、右側歩行が楽であると考える学者もいます。私的には、左側通行のほうが安心感を感じるのですが、皆さんはどうですか?これだけは中庸は許されませんからね。

 

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半島の土の色、匂い

2009-11-04 13:01:33 | Weblog

 

半島の土の色、匂い

 蓮池薫さんの「半島へ ふたたび」を読みました。24年間、拉致被害者として過ごさなければならなかった北朝鮮。その陸続きで、同じ民族ながら 異なる体制の国である韓国に行って見たい思いがあったとインタビューで、執筆の動機を述べていました。また飛行機から眼下に朝鮮半島の山野が見えたとき、過去の記憶がよみがえり、背筋がヒヤッとしたと書いています。しかし、本書の内容は、決して、自分の数奇な過去に対する嘆きや、北朝鮮に対する恨みではなく、「韓国文学翻訳家、蓮池薫」として身につけたハングルや朝鮮の歴史の知識を武器に 新しい人生を切り開いていこうとする決意が感じられるものでした。韓国旅行で 時折、朝鮮民族の風習や食に触れるたび、苦しかった北朝鮮での暮らしが頭をよぎりながらも、文化、風習に対しては、どこか懐かしいような不思議な感覚に陥っていることもあったのではないか思います。これは私の勝手な想像ですが、もしかすると日本に帰国した‘浦島太郎’として、拉致被害者としてしか見ない日本よりも、自由な体制の朝鮮半島である韓国、韓国人のほうが、居心地が良く、身近に感じることもあったかも知れません。

 同じ民族ながら異なる体制を持った最後の分断国家である韓国と北朝鮮。統一の日は それ程遠い未来ではないでしょう。しかし、その日から、しばらくは多くの浦島太郎と家族たちが、新しい環境への適応に戸惑うことでしょう。ある世論調査機関で 統一後のドイツ人に対する最近のアンケートの結果、ベルリンの壁の復活を望んでいる人が7人に1人であったと伝えました。東西地域での所得格差、統一に対する諸費用による税金負担の増加が理由のようです。

 それでも、本人が望んだものではないにしろ、結果的に北朝鮮を誰より知る日本人として、蓮池薫さんが感じた同じ半島故の土の色、人のにおい、風習は、60年以上の分断の時を埋めてくれるものと信じます。 

 

 

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