美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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ノーベル賞の価値と責任

2012-11-29 11:05:24 | Weblog

今年のノーベル生理学・医学賞は、「成熟した細胞に対してリプログラミングにより多能性(分化万能性、pluripotent)を持たせられることの発見」でケンブリッジ大学のジョン・ガードン教授と京都大学の山中伸弥教授の共同受賞となりました。山中教授がマウスの皮膚細胞に4つの遺伝子を加えることで、他の様々な細胞に分化できる 多能性を持たせたのがまさにiPS(人工多能性幹細胞、induced pluripotent stem)細胞です。人工的に作成したという意味をあえてinduced(誘導された)という英単語を当てはめたのは、発見当時流行していた  iPodにあやかって世界中に広まって欲しいという思いからの命名であったようです。

 再生医療はまさに様々な可能性を持った未来の分野です。iPS細胞の登場以前は、研究の中心であったES細胞(胚性幹細胞)に関しては、韓国も次世代技術と指定して国を挙げた支援が行われました。その為2000年代初めまで世界でも最先端の技術を誇り、ノーベル賞にもあと一歩という国民の期待が高まる中、一連の捏造疑惑が浮上しで一気に停滞してしまいました。他者のヒトの受精卵を壊すことで得られるES細胞と異なり生命倫理的な問題や拒絶反応の点で有利なiPS細胞にも癌化の可能性をはじめ安全性や、別の意味での倫理問題など実際の臨床的な実用化にはまだまだ多くの壁があるのも事実です。通常 ノーベル賞受賞者が対象となる研究を発表してから受賞するまでは早くて10数年、40年以上たってからというのも珍しくありません。科学の基礎的な研究が受賞の対象になることが多いため、その成果が検証され、様々な分野で実際に応用されるまで時間がかかるためでしょう。それらに比べると山中教授は発表からわずか6年での受賞はかなり異例といえます。それだけに受賞によって全世界で研究が加速され一日でも早く臨床利用につなげようという期待の大きさが表れているとも考えられます。

 「まだ一人の患者も救っていません。」「まだ仕事は終わっていません。来週からまた研究に専念したい。」受賞直後の会見での山中教授の言葉からは、受賞の喜びよりこれから圧し掛かる責任の重さを誰よりも感じているようでした。

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韓国チュムと舞踊とダンス

2012-11-21 14:01:19 | Weblog

 

 今欧米を中心に韓国発の踊りと歌が流行しています。K-POPの韓流イケメン歌手とは異なり、小太りの男性歌手(PSY,サイ)がラップ調のリズムに合わせて‘馬ダンス’といわれる馬に乗っているようなコミカルな動きの踊りをしながら歌う「江南(カンナム)スタイル」です。プロモーションビデオが動画サイトユーチューブで紹介されたことで火が付き、現在までに全世界で3億5千万回再生されました。これはレディー・ガガが3年かかった記録を58日で塗り替えたと韓国紙ではやや興奮気味に伝えています。実際 全英シングル チャートでは1位を獲得、全米ビルボードでも2位とアジア人としては記録的なヒットになっています。

 韓国ソウルで‘江南’地域といえば漢江の南側、具体的には江南区と瑞草(ソチョ)区一帯を総称する高級住宅街で韓国人にとっては富と成功の象徴ともいえる場所です。「江南スタイル」はここに住み活動する男女の少し気取ったライフスタイルを風刺した内容ですが、黒いサングラスに、上は高級スーツ、下は半ズボン、スニーカーといった出で立ちで美女たちや、子供まで登場して、乗りのいいリズムで踊りまくります。思いがけない大ヒットの理由を評論家たちはあれこれ分析していますが、世界中で受けたのは兎にも角にも不景気も悩みの吹き飛ばす理屈抜きに愉快で楽しい馬乗りダンスと歌ではないかと感じました。韓国人の踊り(チュム、춤)好きといえば、最近は道路交通法上規制されてめっきり少なくなったようですが、以前は韓国版演歌メドレーともいえる2拍子を基調に無数の歌が歌い継がれるポンッチャック(뽕짝)を長距離バスの中で流し続けながら田舎のアジュマ、アジョシたち腰を振り、肩を揺らして踊りながら走る‘ポンチャックバス’を高速道路で見かけそのパワーに圧倒されたものです。

 ポンチャックとは別に韓国の伝統歌謡に、「ズン・チャッチャあるいはズン・チャッチャッチャ」といった3拍子、4拍子のものをトロット(트로트、trot)と言いますが、trotは本来馬の早足を意味する言葉です。楽しい時も辛い時も、歌が始まれば自然と「興」の域に気持ちが高まり、腰から肩から動き出すらまさに東洋のラテンの異名を持つ韓国民族の遺伝子が「江南スタイル」の馬ダンス(マル・チュム)にも受け継がれているのかも知れません。

 

 

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産む権利、産まれる権利

2012-11-21 13:59:47 | Weblog

 

  子供が産まれる前は、親は勝手にその子の容姿や性別、素質などあれこれ期待もしますが、いざ産まれる直前となれば何はともあれ元気であってくれればと祈るだけです。一方 近年、日本を含め欧米諸国、そして韓国でも出産の高齢化が進む中、必然的に遺伝子異常をはじめ胎児や母体へのリスクが高まっているのも事実です。その為出生前診断に対する期待や需要も増加するのは致し方ないでしょう。

 今回最も多く出生前診断を進めているアメリカで妊婦の血液を使い胎児がダウン症であるかどうかを高い精度で判定する新しい診断法が開発され、日本国内でも約10施設で臨床研究を始めることが伝えられました。羊水検査法に比べ流産などのリスクが伴わないことや、既存の妊婦の血液分析である「母体血清マーカー」と比較して精度が格段に高いことなどから期待される反面、今後一般的に普及した場合、不用意な検査の適用に慎重な声も多く聞かれます。日本ダウン症協会も「この検査が胎児のふるい分けや一般化することには断固反対。検査に対する基本的な考え方をしっかり明示してほしい。」とのコメントをだしています。それに対して逆の批判や誤解の声もまたあるようですが、その心情十分に量られます。子供が健康であって欲しいというのは当然といえば当然の親の思いですが、意に反して障害を持って産まれた子供に対する申し訳ない気持ち、苦悩、そして共に生きていく過程の中で生まれてきた子供への感謝などを経てきた人にしかわからない価値観がその短いコメントの中に含まれているのでしょう。しかし、この検査は今後もさらに研究、解析が進むことでダウン症やその他の遺伝子異常に限らず、様々な遺伝子情報が簡単な血液検査でできる可能性も含んでいます。その場合、まさに「胎児のふるい分け」という言葉が現実として社会全体に問われるかも知れません。

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信じる者は・・

2012-11-02 16:11:52 | Weblog

 

 ある国を理解しようとしたら歴史と共に、彼らの宗教観を理解せずには難しいものです。イスラム教の預言者ムハンマド中傷した映画がアメリカで制作されネット上で流されたことで、中東を中心としたイスラム圏で反米の抗議が広がっている騒動も、一部の計画的なテロとの関連は別として宗教文化的な相互理解なくしては常に起こりうる問題ともいえます。現在 世界の宗教人口をみると、カトリックとプロテスタントを合わせたキリスト教徒は20億弱、シーア派、スンニ派を合わせたイスラム教信者は11億5千と全人口の半数近くがどちらかの信仰の持ち、その影響を受けて生きていると考えれば、その対立は世界を二分する可能性を持つものです。

 韓国の宗教事情というと、儒教的な価値観のもと、その習慣や風習が社会全体に浸透してはいますが、有信仰者53%の過半数がキリスト教信者で残りが仏教徒です。キリスト教徒の絶対数、人口割合はアジアではフィリピンに次いで第二位で、国単位でみるとキリスト教国家に分類できるほどです。また、韓国キリスト教の特徴として、プロテスタントが多く、教派単位ではなく各教会が独自に拡大、そして各教会が個別に信者を獲得する傾向があり、結果的に教会内の横のつながりが希薄でカルト化しても気づきにくいリスクを内包していると指摘されています。(「韓国とキリスト教」浅見雅一、安廷苑著  中公文庫)一方日本人といえば、「特定の信仰をもっているか?」という問いに「はい」と答えた人の割合は27%で7,8割が無信仰、無宗教となります。(「日本人の国民性調査」統計数理研究所2008)しかし、文化庁が毎年発行している「宗教年鑑」によると登録されている宗教団体の信者の総数は2億人を超えています。この矛盾は何故でしょうか?この数字の内訳は神道系が1億強、仏教系が1億弱でほぼ2億人の信者全体となります。つまり田舎にお墓があればその檀家の家族、親戚は信者、神社にお参りすれば参拝者は信者というように数えられ結局このような数字になるようです。宗教団体による信者数の水増しは他の国でも見られるものですが、これだけ極端な差はやはり日本人独自の宗教観からくるものではないでしょうか。

 同じ日本人が初詣にいき、お盆には墓参り、クリスマスにはケーキを食べプレゼントを交換し、結婚式は教会でというのは決して珍しくありません。もしかすると日本人は世界一の宗教国家なのかも知れません。

 

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歴史の狭間での親日と反日

2012-11-02 16:10:11 | Weblog

 

 最近の韓日関係を憂慮する声は多くあります。反面、どうせ一時的なもので、選挙が終われば自然に落ち着くだろうとの意見も聞かれます。反日が嫌韓を呼び、嫌韓が反日に油を注ぐような感情的対立は決して望ましいものではありません。しかし、ただ時期が来れば、熱が冷めて何となく納まればよいとするならば、それも今後の両国関係を真剣に考えた場合望ましいものとは言えません。領土問題も慰安婦問題もその根本にあるのは、日韓併合から戦後までの数十年の歴史的事実を共有できていない為ではないかと考えます。日本の戦争前後の近代史に関しての教育内容の少なさは、以前から感じるものがありますが、対日史に対するとらえ方は韓国側も紋切型ではなく客観的に見つめる時期に来たのではないでしょうか。

 「朝鮮人特攻隊・・・日本人として死んだ英霊たち」(淵弘著、新潮新書)はフィリピンと沖縄で航空特攻隊として散っていた若い命の中に20人近い朝鮮特攻隊員がいた事実に焦点を当てたものです。彼らは結果的に祖国解放をもたらした戦争で「皇国軍人」として戦ったことが、韓国では「反民族行為」と解釈され戦時中の「親日派」=「売国奴」の烙印を押されます。遺族も罪人のようにその存在を隠し、彼らの魂は韓日いずれの行事でも慰霊されることなく今も彷徨い続けているのです。著者は彼らが何者で、なぜ特攻に志願し、誰のために死んでいったのか、そして本当に「売国奴」などと蔑まれる存在であったのかを冷静に問おうと考えました。35年続いた日帝植民地統治の下、皇民化政策は民族性の抹殺であることは間違いありませんが、被統治民族の朝鮮の人々にとって指導層の軍に入ることは差別社会の構造を変える少ないチャンスでした。つまり祖国を売って志願したものでも、天皇に忠誠を誓うために死んでいったのではなく、朝鮮出身のエリートたちが、自らのプライドを守るため狭き門であった航空士官への道を選んだもので、時代の狭間での宿命であったとしています。同じ士官の道を歩みながらも生き残った人の中には、その後の韓国空軍の創設に関わり英雄、愛国者として評価される歴史解釈になにか釈然としない想いを抱くのは著者だけではないでしょう。

 彼らの行為が、「近代化が遅れた朝鮮の人が自ら日本人化することを望んだ」というような「民族抹消」を正当化する詭弁に利用されまいとするあまり、その魂まで抹消してはなりません。

 

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