美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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乙未の歳

2015-01-13 18:15:04 | Weblog

2015年、十二支では未年。漢字の「未」は象形文字で木の上端に生えたまだ伸びきらない部分を表したもので、故に「未だ~していない」ということ。まだ小さく、細いけれど、これから発展途上の意味をもちます。本来十二支も植物の生長過程を現したもので、子(種)に始まり収穫し全て人々にいきわたるまでを示したものですが、難解な漢字を覚えやすいようと動物をあてはめたと言われます。その「未」に対応する「羊」は、これまた羊の頭の形からできた象形文字ですが、古代から最も大切な家畜であったことから、神への最高の供え物とされました。特に大きく立派な羊は「美しい」とされた訳です。韓中日問わず女性の名前に多く用いられる「美」という漢字ですが、私のクリニックに訪れる患者さんの名前には特に「美」の付く方が多い気がするのは偶然ではないような気がします。

一方今年の十干は「乙」。甲乙つけ難いと言う様に、甲に続いて二番目の干ですが、漢字の意義、語源については諸説があり定かではありません。『説文解字』によると「春に草木の婉曲して出るを象る」と書かれており、種子から新芽が芽吹いた発芽の状態を形容した象形文字だとしています。過去の「乙未」を振り返ると、60年前の1955年は朝鮮戦争(1950~1953)後、焼け野原からの復興を懸命に目指していた時であり、日本はその特需を受けて、一気に高度成長を歩み始めた年です。さらにその前の1895年には日清講和条約(下関条約)締結に続いて三国干渉、台湾制定と日本の植民地政策の始まりとともに、東アジアは強国の荒波に呑み込まれていきました。日本の駐朝鮮公使が指令し、外交官、軍人、政治浪人などを動員して景福宮を襲撃し、朝鮮王妃、閔妃が暗殺された「乙未事変」はまさにこの時代を象徴する事件でした。

干支からみる「乙未の歳」の2015年は、新しい芽が生まれ、若枝が伸びようとするように、そこにはやはり生みの苦しみや、成長痛も伴うかも知れません。しかし東アジア、世界はもがきつつも新しい未来に向かい進んでいく年となるような気がします!(全く私流の勝手な予想ですが、あしからず!!)

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心の鏡

2015-01-08 10:30:11 | Weblog

「最も意地悪な罰は、女性を部屋に閉じ込めて綺麗な服、アクセサリー、宝石を与え、かつ鏡を与えないこと」だとか。鏡の歴史は人類が自己認識するきっかけになったと言われるほど古く、始まりは水面鏡です。ギリシャ神話に出てくるナルキッソスは水面に映った己の姿に恋をし、自分であることを理解できぬまま叶わぬ愛に憔悴して息絶えます。ご存じナルシストの語源です。その後、石や金属を磨くことで鏡はより正確に物を映すようになりますが、人々はその不思議さ、神秘性に魅せられて古代では実用というより宗教儀式に用いられました。佐賀県唐津市に在る宇木汲田遺跡と福岡市の早良平野に在る吉武高木遺跡では弥生時代中期初頭の墓から鏡、青銅器の武器、ヒスイ製の玉類が出土していますが、所謂この‘三種の神器’の筆頭である鏡は朝鮮半島に起源を持つ多紐細文鏡と呼ばれる鏡です。古代人は鏡の中に移る姿の中に心の奥、さらに神に通じる何かを見たのかも知れません。

鏡に映った世界は単純なようで奥が深く、例えば「鏡に映った自分の姿は左右反対になるのに上下は逆転しないのか?」私たちが当たり前と気にもしない事象ですが、哲学や心理学、さらに物理学の観点でも興味深い問題で、古くはプラトン、そして哲学者のカントも考察し、近年ではノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎、ファインマンなどの科学者も説明を試みるも上手くいきませんでした。確かに鏡の前で右手を挙げると、鏡の中の自分は左手を挙げているようにみえます。今度は、鏡の前で右ひじを付いて寝そべってみると、鏡の中の自分は左肘を付いて寝そべっているようです。ならば上下も逆転したと言えるでしょうか?光学的に解釈すると、鏡の中の像は左右が反転しているのではなく、奥行きが逆転して映るという話のようです。左右が逆転するならば鏡に右からそっと顔を出せば、鏡の左から登場することになりますがそのようなことはありません。人間が重力の中、上下を特定している環境にいるうえ、人の体が縦軸を中心にほぼ対称であることから左右のみ逆転と錯覚して捉えていると解釈できますが、より哲学的説明も存在します(鏡の中の左利き鏡像反転の謎  2004/5  -->

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