美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

サッカーの現実と夢

2014-07-21 12:41:24 | Weblog

世界最大のスポーツイベントともいえるサッカーワールドカップもいよいよ終盤を迎えます。残念ながらアジアの代表チームは一勝もできず既に姿はありません。日韓両国も前回大会ではともにベスト16にまで進み、今大会は海外に進出する選手がさらに増えたことで少なからず期待されましたが結果は厳しいものでした。世界とアジアの実力差の拡大を主張するスポーツ関係者も多いですが、アジア選手たちの技術的な向上に伴い、世界のトップチーム並みの洗練した試合を目指し組織力や戦略よりも、正面からがっぷり四つで挑んだ結果の敗北と考えればどうでしょう。しかし「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強いのだ」というサッカーの名言どおりなら、この結果は今の実力と素直に認め新たな一歩を進むべきです。

 ところで今回のブラジル大会は、直前まで開催さえも危ぶまれていました。ブラジル広大な国土と豊かな資源を基に急速に経済発展しGDPでは世界7位という巨大な経済力を持っています。反面、基盤構造は脆く、インフラの整備などは先進国に比べて大きく立ち遅れており、経済インフラや福祉、教育の整備など課題は山積している状態です。その国で、スタジアムや競技関連施設の建設に巨額の資金が使われ、しかも政治家やサッカー関係者などが利権に群がっている現実に経済発展によって拡大した中産階級層がワールドカップ開催に疑問を呈し反対するのも無理はありません。大会前からブラジル国内でインターネットを中心に話題になっている歌があります。タイトルはずばり「Desculpe, Neymar ごめんね、ネイマール」(作詞・作曲/エドゥ・クリエゲル)です。「ごめんね、ネイマール でもこの大会では君たちを応援しないよ。 テレビのニュースで皆がちょっとずつ衰弱していく姿を見るのにもう疲れたんだ。 FIFAが規格を気にしている間 汚れた金を競って手にしようとする泥棒たちに僕らは仕切られているんだ。 ごめんね、ネイマール 今回は応援しないよ。」世界一のサッカー好きな国民のやるせない気持ちが伝わってきます。

人々の複雑な想いを背負いながらもブラジルは順当に勝ち進んでいます。フィールドの中ではどんな強国、経済大国、先進国であっても、発展途上国、経済的貧国のチーム、その英雄的選手の前にひれ伏すことも珍しくありません。矛盾と不合理に溢れた世界でこそサッカー人気が高いのは、全てを忘れさせてくれる魅力と夢がそこにはあるからでしょう。

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人としての友好と国の外交

2014-07-10 11:15:19 | Weblog

先週、新政権発足後初めて米国のオバマ大統領の仲裁という形ではあるものの、日韓の首脳が直接顔を合わせました。議題は北朝鮮に対する3か国の連携強化を中心とした内容であり、現在両国間が抱える歴史・領土問題には一切触れるものではありません。しかし、隣国のリーダーが単純に会うことさえままならない異常な状況から考えると大きな一歩ともいえます。外交とは自国の国益を基盤とした国際関係の政治的交渉とも定義されますから、個人的なお付き合いとは異なるものですが、そこはまた人間同士。会見で安倍総理は「朴槿恵大統領 マンナソ パンガプスムニダ!(お会いできて嬉しいです)」と韓国語でアピールを試みた心情も評価できなくはありません。しかし当の朴槿恵大統領の反応は冷ややかなものであり、意地悪な言い方をすれば簡単な韓国語の挨拶を覚えて韓国に遊びに行った男性像と映らずでもない感じです。

朴大統領の心中は無論わかりませんが、今回の核安全保障サミットが開催されたオランダ・ハーグは、今から107年前 韓国にとって屈辱的な出来事「ハーグ密使事件」が起きた場所であることは当然意識されていると思います。日露戦争に勝利した日本は、1905年11月、第2次日韓協約を結んで、大韓帝国を保護国化し、韓国統監をおいて外交権を接収します。これに対し韓国皇帝の高宗は、1907年6月15日、オランダのハーグで開催されていた第2回万国平和会議に皇帝の密使を直接派遣し、列強に条約の無効を訴えようとしますが、出席していた列強諸国は大韓帝国の外交権が日本にあること、大韓帝国の利益は条約によって日本政府が代表していることなどを理由に、三人の会議出席を拒絶。そこで、密使たちは会議場の外でビラ撒きなどの抗議行動を行いますが相手にされず、密使の一人李儁(イ・ジュン)はハーグの地で無念の中で亡くなります。自殺か病死か今でも死因ははっきりしていません。この事件に対し日本は韓国を強く非難し、高宗は譲位を余儀なくされ、息子の純宗が皇帝として即位します。さらに続いて第3次日韓協約が調印され、韓国は内政面でも日本の韓国統監の管轄下におかれることになります。

随分前のことですが、知り合いの教授が招待された学会で韓国語によるスピーチがしたいと、翻訳と発音指導を頼まれたことがありました。結構な長さの文章で、招待の感謝とともに日韓友好を訴えた内容であったと記憶しています。一生懸命練習して披露したところ拍手喝采、スタンディングオべーションで迎えられたと大満足でした。この場合は当然です。

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人間の新しい友

2014-07-05 16:16:55 | Weblog

先日 ソフトバンクの孫正義社長による感情認識ロボット発表の様子がニュースで伝えられました。映像を見ると、Pepperと名付けられたロボットの大きさは120㎝で上半身の動きはとてもスムースで、会話もかなり自然です。何より人間の表情や声のトーンなどから感情を認識する人工知能が搭載され、さらにインターネットのクラウドシステムを使った学習機能も付いているといいます。つまり、人との会話や応対を通じて、相手の人間が今「喜んでいる」「悲しんでいる」「怒っている」などの感情を読み取り、その情報をインターネットからクラウドに蓄積し学習することでより感情を理解していくと説明しています。「­人間の左脳、計算や記憶など、人間がロジカルにものを考えて整理して伝えることにやくだってきたコンピューターと真反対の­右脳、感情や創造性にも役に立つ第1歩。感情を理解して自ら動くロボット」を目指したと孫社長。まさにアトムやドラえもんのような未来が現実になるのかも知れませんが、夢の未来というより何故か私は不安な気持ちになりました。

ロボットという言葉が最初に登場したのは、1920年チェコスロバキアの作家カレル・チャベックの戯曲「R.U.R(ロッサムの万能ロボット)」からです。チェコ語で 強制労働を意味するrobotaが語源で、機械文明の発達と乱用を皮肉る意味でつくられた造語です。その後ロボットは未来を語る中で様々な形で登場しました。1950年に刊行されたアイザック・アシモフによるSF「私はロボット(I, Roboto)」はロボット小説の古典的名作として特に有名です。この小説の中に出てくるのが「ロボット三原則」で、第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。第三条:ロボットは前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない、というものです。昔から人類の夢として想像し語られたロボットですが、命名からして良いイメージばかりではなく、実現されることに対して既に危険性も予想してきたわけです。

今回の感情認識ロボットに関してSFの世界でよく起きるロボットの反乱を心配する人はまずいないでしょう。それよりネットに繋がれていることでの個人情報の確保が現実的な問題かも知れません。しかし私が本当に感じた不安は、人の感情を読み取り、理解して応対してくれる彼らに対して、人間はどこまで依存してしまうかです。己を最もわかってくれる対象が生命のないロボットであることの寂しさと怖さ、そしてその先にある未来の姿を単純に明るいものとは想像できないのです。

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