美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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ジュモク(こぶし)の世界

2013-12-03 17:59:14 | Weblog

 

 1990年に韓国で上映されヒットした「将軍の息子」という映画がありました。公開時ソウルで友人と一緒に観ましたが、私にとっては初めての韓国任侠映画です。主人公は、実在の人物で、出生は朝鮮独立闘争の英雄 金佐鎮(キム・ジャジン)将軍の息子でありなが訳ああって浮浪者の街からジュモク(こぶし)一本で這い上がり、やがて一大勢力を作り上げて民衆の尊敬を受け、独立後政界にまで進出した金斗漢(キム・ドゥハン)の半生記を描いたものです。三部作で私は一部しか観ていませんが、1930~40年代の日本統治下で、昔のソウル(京城)を舞台に、抗争に明け暮れる内容で、お決まりの抗日的な部分もありましたが、適役の日本人もなかなかカッコよく、まさに 任侠ものとしての十分楽しめる作品だったと言えます。

 日本でもやくざ映画は、昔ほどではないものの、北野武監督作品などで今でも取り上げられ、それなりの支持を受けています。ただ、世代は変わり昔の人情、仁義の世界での勧善懲悪的なストーリーから、暴力の美学と悲哀を描くものが増えてきているのは感じます。日本語の「やくざ」にあたる韓国語は「カンペ」でしょうか。ぺ(牌)は、徒党、集団、仲間を指しますし、カンは俗語で火薬、爆弾の雷管を表す俗語であり、いかにも危なっかしい人種を表していますね。また、ジュモク(こぶし)ぺとも言いますかが、こちらはさらにわかりやすい表現です。韓国では、刑事もの、サスペンスものでも、やくざ映画に劣らず激しくリアルな暴力シーンが暫し登場するのは、どこかに暴力的な強さへの畏敬やある意味あこがれがあり、そこにはもしかすると、軍隊生活の影響もあるのでしょうか。

 世界的な名作の一つにあげられる「ゴットファーザー」もまさに裏社会を描いた作品です。マフィアとは、イタリアのシチリア島で結成された犯罪組織が起源とされていますが、マフィアという言葉の語源に関しては明確なものはありません。ただ、よく言われるのが13世紀、フランスの過酷な支配下にあったシチリア島民の反乱(シチリアの晩鍾事件、1281年)時の合言葉 「Morte alla Francia Italia anela(全てのフランス人に死を、これはイタリアの叫び)」の頭文字がMAFIA(マフィア)であるという説です。悪でありながら、時にドラマチックに描かれるのには、そんな民族の迫害と抵抗がある為でしょうか。

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言論の自由と情報の保護

2013-12-03 15:23:17 | Weblog

 

 私が韓国に留学していたのは、今から30年以上前です。当時の韓国は政治的にもまだ不安定で、大学では軍事政権を非難する学生デモが連日行われ、日本で呑気に過ごしてきた私もデモ鎮圧隊によりキャンパス内に打ち込まれた催涙弾というものを初めて体験し、鼻水、涙を流しながら逃げ回りました。また、日常の生活でも日本とは異なる感覚の事象は少なからずあり戸惑い、時に考えさせられたりしたものです。その中にテレビのニュースで逮捕された強盗や殺人、傷害事件の犯人が直接インタビューに答える場面を目にしたのもそんな中での一つでした。人権問題に特に関心が強かったわけではない私でさえ、刑が確定した状態でもない人間にたいする対応に、ある違和感を覚えました。勿論、昔のことであり、今の韓国では考えられないことです。

 逆に現在、日本などのマスコミによる殺人等の犯罪事件で被害者の扱いに関し、疑問を感じるのは私だけでしょうか?加害者の写真や映像がニュースで公開されるのはやむを得ないところですし、犯人が未成年ならばそれでも個人情報は報道されません。一方被害者の方は、未成年であれ、幼い子供であれ何度も写真が使われ続けます。捜索目的なら情報提供の意味があるでしょうが、被害者が亡くなっている場合、どのような意味があるのかわかりません。被害者の写真や映像などの個人情報を出し続けることが、事件や事故への読者、視聴者の関心を喚起し、それが今後の事件の発生への抑止や予防につながると考えてのものか、実際にそのような効果が検証されているのか知りたいです。単に報道上の慣習であり、その必要性に対して議論されたものでなければ、自分が被害者や家族の立場ならどう感じるのかもう一度検討し考慮してみるべきです。

様々な情報には、外交上の不利益を考え非公開、保護すべきものがあることも、逆に知ることで多くの国民の利益を守れるものがあり、その判断は重要であり、時に困難です。しかし、児童ポルノまがいのアニメや漫画、ヘイトスピーチなどの過激な差別言動、興味本位の個人情報侵害まで言論の自由に守られていると考えるなら、それは人間の尊厳を踏みつける行為を自由という名で免罪していることに過ぎません。

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食の安全と不安

2013-12-03 15:22:10 | Weblog

 

 最近、日本で暮らす韓国人の患者さんから聞いた話です。久しぶりにお土産を買って里帰りすると、親戚や友人が集まり歓迎してくれたのですが、いざ日本からお菓子や各地の名物、珍味など開けて皆に勧めると、どこか遠慮気味で誰も手を付けようとしません。最初は、見慣れない食べ物で躊躇っているのかと思いさらに勧めると、ようやく放射線は大丈夫かと逆に聞かれたというのです。その人は、むっとなり「心配なら食べなくても良いし、私からも離れて座りなさい」と言って気まずくなったと、腹が立つ以上に残念で寂しそうに話してくれました。同様な話はこれが初めてではなく、実は私自身ここまでではないですが、お土産で似たような経験をしました。

 暴飲暴食にタバコ、その他食品に含まれる有害とされる様々な化合物に関しては、少なくても形があるものですから避けるなり、納得して摂取するなりが可能です。対して放射線は目にも見えず、匂いもない、その実態が非常にわかりにくいものです。人体への影響に関しても、高線量の急性反応は別として、所謂 低線量被ばくに関しては、明確なデーターや研究結果がなく、科学者によっても見解が分かれます。そもそも 低線量の定義自体が国際的に統一されておらず、およそ200mSv(マイクロシーベルト)以下とされています。しかし放射線自体は実は、非常に身近なもので、宇宙から飛んでくるもの、空気中や地中さらに食べ物にも存在し、誰でも年間2.4mSv、一生涯に200mSvの自然放射線を浴びています。さらに、レントゲン検査では、一般のX線写真が一か所0.04mSv~、CT検査では一回5~30mSv、飛行機で欧米をまで往復すると約0.1mSの被ばく量になります。勿論日常生活で被る放射線やホルミス効果(少量の被ばくがホルモンのように作用する)ラドン、ラジウム温泉などでわざわざ取り込む放射線と、実際の検測値はそれ以下であっても今回の原発事故による汚染問題は全く異なるものではあります。

 見えないもの、はっきりわからないものに対してヒトはより不安になり恐れます。いまだにチェルノブイリ調査は続けられていますが、影響は完全に解明されていません。しかし、最も大きな健康被害の一つは不安による心的なものであったというのも事実です。まさに関心を持ち、検証をしていくことで正しく恐れる必要はこのためです。

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死生観と生死観

2013-12-03 15:19:52 | Weblog

 

 暫し生死の淵から生還した人の口から語られる臨死体験は、私たちには非常に興味深いものです。なぜなら、死は全ての人間がいつか必ず訪れるものでありながら、死後については誰も説明することができないからです。「この世」の先に「あの世」が存在するならば、死にたいする恐怖や不安、死別の悲しみを癒してくれる一筋の光でもあり、多くの臨死体験はその存在の可能性を示唆するともいえます。反面、世界中の科学者は、何とか医学的な解明しようと研究を進めています。最近も、ミシガン大学の医学チームが、ラットをもちいた研究から、脳は血流が停止した後も30秒程度活動を続け、この時の脳内の電気活動は通常の覚醒状態のレベルを上まっていることを発見しました。あくまでも動物実験による脳波の電流変化から解析したものですが、心停止した多くの患者さんが語る臨死体験を説明する鍵になると考えられます。

 臨死体験の研究が人々に希望を与えるかどうかは別として、死に対する考え方は国や文化によっても異なるものです。儒教的の価値観の影響を強く受けた韓国では、人は死ぬと精神部分(魂)と肉体部分(魄)が分離し、魂は天に魄は地下にいくと考え、両者が再び一つになれば生き返ることができる為、昔は全て土葬にしました。これは、あくまでも生が基本であり、死を否定的な生死観ともみなされます。日本では、仏教、神道の思想から、死ねば何人も 仏、神になるため生前の肉体や行いは消滅し、安息が得られるといった死生観を持つとされます。靖国神社に祭られている人々も、生前の行いがどうであれ平等に神になったと解釈するのもこの論理からです。

 死を可逆的なものと見做すのも、生の延長上にある別の世界と考えるのも、生きている人間が死に対処する様々な精神的処方箋ですが、過去から今に至るまで完璧な特効薬はありません。ただ一つ言えることは、戦い打ち勝つのではなく、理解しどう受け入れるかを問う相手であるのようです。

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