美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

話題の韓流ドラマ「愛の不時着」 について。

2020-06-15 12:45:47 | Weblog

韓流ドラマ「愛の不時着」考

  

人々がコロナ禍で在宅を中心の生活を余儀なくされた結果、仕事は勿論、生活様式や日々の過ごし方にも様々な影響が出ている。ネット動画配信サービス利用の増加もその一つだろうが、中でも「愛の不時着」という韓流ドラマが非常に人気となっている。今年2月まで韓国で放送され記録的な視聴率を記録した本作は、米国はじめ世界中に配信され、特に日本では「冬ソナ」以来?とも言える話題作である。

当院の患者さんやスタッフからも「是非、先生も観るべき!」という言葉に押され、昭和のメロドラマ風の題名には抵抗を感じるも「チャングムの誓い」以来の韓流ドラマに挑戦した。結果的に私のような恋愛ドラマとは最も縁の遠い還暦前のオジさんが最終話まで完走できたのは、斬新な設定、脚本の精妙さ、映画並みの精巧なセット、そして主役のみならず、多彩な俳優人々の演技力によるものだと認めざるを得ない。改めて、米国アカデミーまで席巻した韓国エンターテイメント恐るべし。

ドラマのあらすじは、韓国の財閥令嬢のユン・セリ(ソン・イェジン)が乗ったパラグライダーが竜巻に吸い込まれ不時着したのが38度線を超え北朝鮮領土。そこで前線警備を指揮していた青年将校のリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)に発見される。彼は北朝鮮の村でセリを匿いながら韓国への脱出を図る。二人は様々な困難と陰謀に巻き込まれるが、いつしかお互いに惹かれ合い・・・という物語。南北に分断された恋愛ストーリーと言えば映画「シュリ」が思い浮かぶが、こちらはより現実離れした設定のラブコメディである。さらに16話にわたる長丁場のドラマだけに主人公カップル以外の様々な人間関係が喜怒哀楽、そしてサスペンスの要素も加わり展開される。個人的に興味を惹かれたのは、前半の北朝鮮の村落を中心に描かれた内容だ。企画、脚本作成の段階から、数名の脱北者など北朝鮮事情を知る人物を招き、撮影時も北朝鮮訛り、単語をはじめ、なるべくセットや衣装、その他も現状に近く検証し再現された。‘携帯電話’を손전화(ソン ジョナ,手の電話)、‘夫’を세대주(セデジュ、世帯主)、‘嘘をつくな!’が후라이 까지 마라!(フライカジマ!)などの北朝鮮独特の表現も新鮮だ。電気の供給が不安定なため暫し停電になり炊事は薪で火を起こす村の生活。海外の製品もこっそり取引される戦後の闇市を思い浮かべる市場。そして平壌に住む特権階級の人々との想像以上の貧富の差など、なるほどと思うところも多い。

勿論、ドラマはあくまでフィクションであり、政治色や思想的な部分は可及的に避けられ、より深刻な状況、例えば国民の40%が栄養失調であり、物資や設備の枯渇でほぼ医療崩壊現実など、より過酷で切実な問題や多くの貧困層には触れられていない。しかし、北朝鮮という閉鎖された暗い集団としてではなく、中流層と思われる人々の暮らしぶり、人々は愛する家族や大切な相手がいる同じ人間として描いている点は評価されるだろう。視聴者のレビューや感想のなかのコメントでも「北朝鮮の人々に対する見方が変わった。」「南北の平和を期待する」という内容が多い。それはドラマ制作にあたって意図されたものかどうかは不明だが、1990年代、ハーバード大学のジョセフ・S・ナイ教授が提唱し、「文化、政治的価値観、外交政策などを用いて国の魅力を高め、他国に対し共感を呼び味方につける力」と定義できるのが「ソフトパワー」であれば、まさに韓流エンターテイメントもその一つであろう。

南北境界線で繰り広げられる韓流版「ロミオとジュリエット」。本家の物語では、一時的に薬で仮死状態になることで家族を欺き駆け落ちするというジュリエットの計画を記した手紙が、当時流行していたペストの検疫で使者が足止めされロミオに届かなかったために悲劇の結末となった。一方「愛の不時着」はコロナウイルスの影響下でより世界で流行(パンデミック?)していると考えるはちょっと無理があるだろか。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「君の誕生日」映画評

2020-06-01 10:32:59 | Weblog

 

2014年4月16日に発生した大型旅客船「セウォル号」沈没は、乗客・乗員含む300名以上の犠牲者を出す韓国海難事故史上最悪の惨事であった。亡くなった人数以上に人々に衝撃を与えたのは、被害者の多くが済州島への修学旅行を楽しみに出発した高校生たちであったこと、そしてこの事故の一部始終がテレビやインターネットで中継され、懸命に無事を祈る家族や多くの国民の見守る前で船もろとも海に飲み込まれていった現実である。当時この模様は海外にも同時に放送され、私も食い入るように画面を見続けていた1人であった。

多くの尊い命と若者の未来を一瞬のうちに奪い去った「セウォル号」事故は、その後少しずつ明らかになる事実により人々に衝撃を与える。乗客の命を預かる責務を放棄し沈没する船から真っ先に脱出した船長や一部の船員たちの卑劣で愚かな行動、安全性を無視し利益優先の船舶会社の運営、それをチェックすべき行政部門の怠慢、救出現場での海上警察の混乱、国、政府の対応の問題点等々。遺族は勿論、国民の多くが怒り、悲しみ、やるせなさから、当時の大統領をはじめ、関係者への責任の追及と非難は拡大していった。それらは同時に多くの大人たちが若者の命を守れなかった己ら自身を恥じらい、責める気持ちの表れとも言えるだろう。

社会全体に深い傷跡を残した事故から5年が過ぎ漸く完成した映画「君の誕生日」は、新鋭イ・ジョンオン監督自身がボランティア活動を通じ、多くの時間を遺族と接する中で実際のエピソード、人物を基に企画、制作された作品である。ストーリーはセウォル号事故で最愛の息子を失ってから2年、未だに悲しみの最中でもがく家族が彼の二度目の誕生日を向かえるなか、様々な人々の関わりや想いを受けて変化していく姿を描いたものである。ボランティアや遺族会の会員、友人たちが計画する息子の誕生会をめぐって、彼の死が受け入れられないまま拒否反応を示す母親に対し、ある事情により息子の事故当日から今まで韓国に戻れず、2年後の誕生日を目前に家族のもとに現れた父親。事故の衝撃と悲しみの深さのあまり家族は葛藤し関係はぎくしゃくするが、皆の長男に対する愛情と想いに優越はない。この二人を演じるのは、「私にも妻がいたらいいのに」以来18年ぶりに共演したソル・ギョングとチョン・ドヨン。「あの日以降、詩人は詩を、小説家は小説で、歌手は歌で追悼してきたが、俳優である自分は何をしたか己に問うた。」と無理なスケジュールを変更して出演を決めたソル・ギョングに対して、惨事の悲しみの大きさから当初出演を固辞しようとしたジョン・ドヨン。韓国映画界で最高の演技派と言っても過言でない二人が、この作品ではドキュメンタリー作品とも思えるような自然な表現や表情が観るものの心に響く。

この映画評を執筆している数日前にも韓国では検察による事故当時の政府機関への捜査に関する報道がニュースで流れ、ソウル光化門広場には真相追求と責任者処罰を訴える遺族の集会が開かれている。‘国民のトラウマ’といえるセウォル号事故の映画化には多くの批判や憂慮もあったと聞く。それでも監督は「あの事件がどんなに私たちの人生を変え、私たちの心に影響を与えたのかを表現したかった。」と遺族や関係者に寄り添い、話に耳を傾け、懇々と彼らの気持ちをスクリーンに書き留めていった。最後の瞬間、自分の救命胴着を友人に渡し、先に避難させた少年の話も実際に聞かれる多くの同様の話の一つである。人間の醜さや愚かさに対して美しさや勇敢さ、どちらも現実である。だからこそ残されたものはより苦しみ悲しい。しかし癒えない傷を忘却という包帯で覆い隠すのではなく、しっかり心に刻み、亡くなった‘彼らを決して忘れないこと’の大切さを映画が私たちに訴える。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする