韓流ドラマ「愛の不時着」考
人々がコロナ禍で在宅を中心の生活を余儀なくされた結果、仕事は勿論、生活様式や日々の過ごし方にも様々な影響が出ている。ネット動画配信サービス利用の増加もその一つだろうが、中でも「愛の不時着」という韓流ドラマが非常に人気となっている。今年2月まで韓国で放送され記録的な視聴率を記録した本作は、米国はじめ世界中に配信され、特に日本では「冬ソナ」以来?とも言える話題作である。
当院の患者さんやスタッフからも「是非、先生も観るべき!」という言葉に押され、昭和のメロドラマ風の題名には抵抗を感じるも「チャングムの誓い」以来の韓流ドラマに挑戦した。結果的に私のような恋愛ドラマとは最も縁の遠い還暦前のオジさんが最終話まで完走できたのは、斬新な設定、脚本の精妙さ、映画並みの精巧なセット、そして主役のみならず、多彩な俳優人々の演技力によるものだと認めざるを得ない。改めて、米国アカデミーまで席巻した韓国エンターテイメント恐るべし。
ドラマのあらすじは、韓国の財閥令嬢のユン・セリ(ソン・イェジン)が乗ったパラグライダーが竜巻に吸い込まれ不時着したのが38度線を超え北朝鮮領土。そこで前線警備を指揮していた青年将校のリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)に発見される。彼は北朝鮮の村でセリを匿いながら韓国への脱出を図る。二人は様々な困難と陰謀に巻き込まれるが、いつしかお互いに惹かれ合い・・・という物語。南北に分断された恋愛ストーリーと言えば映画「シュリ」が思い浮かぶが、こちらはより現実離れした設定のラブコメディである。さらに16話にわたる長丁場のドラマだけに主人公カップル以外の様々な人間関係が喜怒哀楽、そしてサスペンスの要素も加わり展開される。個人的に興味を惹かれたのは、前半の北朝鮮の村落を中心に描かれた内容だ。企画、脚本作成の段階から、数名の脱北者など北朝鮮事情を知る人物を招き、撮影時も北朝鮮訛り、単語をはじめ、なるべくセットや衣装、その他も現状に近く検証し再現された。‘携帯電話’を손전화(ソン ジョナ,手の電話)、‘夫’を세대주(セデジュ、世帯主)、‘嘘をつくな!’が후라이 까지 마라!(フライカジマ!)などの北朝鮮独特の表現も新鮮だ。電気の供給が不安定なため暫し停電になり炊事は薪で火を起こす村の生活。海外の製品もこっそり取引される戦後の闇市を思い浮かべる市場。そして平壌に住む特権階級の人々との想像以上の貧富の差など、なるほどと思うところも多い。
勿論、ドラマはあくまでフィクションであり、政治色や思想的な部分は可及的に避けられ、より深刻な状況、例えば国民の40%が栄養失調であり、物資や設備の枯渇でほぼ医療崩壊現実など、より過酷で切実な問題や多くの貧困層には触れられていない。しかし、北朝鮮という閉鎖された暗い集団としてではなく、中流層と思われる人々の暮らしぶり、人々は愛する家族や大切な相手がいる同じ人間として描いている点は評価されるだろう。視聴者のレビューや感想のなかのコメントでも「北朝鮮の人々に対する見方が変わった。」「南北の平和を期待する」という内容が多い。それはドラマ制作にあたって意図されたものかどうかは不明だが、1990年代、ハーバード大学のジョセフ・S・ナイ教授が提唱し、「文化、政治的価値観、外交政策などを用いて国の魅力を高め、他国に対し共感を呼び味方につける力」と定義できるのが「ソフトパワー」であれば、まさに韓流エンターテイメントもその一つであろう。
南北境界線で繰り広げられる韓流版「ロミオとジュリエット」。本家の物語では、一時的に薬で仮死状態になることで家族を欺き駆け落ちするというジュリエットの計画を記した手紙が、当時流行していたペストの検疫で使者が足止めされロミオに届かなかったために悲劇の結末となった。一方「愛の不時着」はコロナウイルスの影響下でより世界で流行(パンデミック?)していると考えるはちょっと無理があるだろか。