美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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アンコール・ワット(1)・・・カンボジアの誇りと悲しみ

2010-09-20 14:23:07 | Weblog


アンコール・ワット(1)・・・カンボジアの誇りと悲しみ

 

 

 夏の休暇を利用して、かねてから一度は訪れてみたいと考えていたアンコール遺跡に行ってきました。成田からバンコク経由で、アンコール地方の都市シェリムアップまで、乗り継ぎの時間まで含めると9時間ほどで到着しました。韓国、ソウルからは、直行便が出ているため、3時間半しかかかりません。これは、観光以上に、韓国企業の積極的なカンボジア進出が背景にあるようですが、距離的な身近さ、便利さからか、カンボジア外国人観光客の3分の1は韓国人で、街のあちらこちらにハングルの看板が見られました。

 シェリムアップは、首都プノンペンから北西に250キロに位置し、はるか昔より歴代の王たちが、都城を築いてきた地です。アンコール・ワットは、それら遺跡の中で最大の規模と、宗教建築美の結晶とも言える造形で訪れた人々を圧倒し続けてきたアジアを代表する世界遺産です。アンコール・ワットの建造は、12世紀初頭から当時の王ジャヤバルマン2世によって30年かけて行われました。9世紀から15世紀まで続いたクメール人によるアンコール王朝は、一時はインドシナ半島の大部分とマレー半島の一部を支配した大帝国であったと言われています。その中心にあるこの遺跡は、ヒンドゥー教の神々と地上の王を交信させる地上の楽園を表現したものであり、大農業王国を維持する水の都として、雨乞いなどの儀式をつかさどる大切な場所でもあったのです。アンコール・ワット(寺院の町)の建造から半世紀後、ジャヤバルマン7世の時代、王朝はその最盛期を迎えることになります。この王によって造営された最後の王都がアンコール・トム(大きな町)です。

 アンコール・トムは、宗教的にはヒンドゥー教から大乗仏教に帰依した王の影響を受け、その中心に位置するバイヨン寺院は、穏やかな笑みをたたえた四面観音菩薩は有名です。

その表情には、実り豊かな国土を狙って、西のタイ、東のベトナム、南のチャンバ王国(ベトナム中部)が絶えず侵攻され、戦いの絶えない中、平和を願った王や国民の思いが込められているように感じました。


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犯罪者、テロリスト、英雄

2010-09-13 12:49:40 | Weblog


犯罪者、テロリスト、英雄


今年7月、金賢姫 元北朝鮮工作員が、日本拉致被害家族との面会および情報提供の為、34日で訪日しました。韓国内では当初からやや冷めた目で、訪日の事実のみ報道していましたが、一方日本のマスコミは、大々的に注目して取り上げました。100名以上の犠牲者を出したテロ事件の犯人として捕らえられながら、恩赦により隠遁生活をしてきた彼女に、新しい拉致被害者に関する情報が得られる可能性が果たしてあるのかと考えれば、両国の政治的な意図による訪問と捉えるのが無難でしょう。また、日本での特別な待遇に対する批判的な報道や、韓国国内での冷めた視線も、事件そのものを考えた時やむを得ないものです。ただ彼女が事件直後に、自害していれば北朝鮮では、英雄と称えられたかも知れません。(北朝鮮では公式には関与を認めていませんが・・・)金賢姫にとって祖国、愛国心と言った言葉は、何を意味するのか聞いてみたい気がします。

チャップリンは1歳の時に両親が離婚、父親はアルコール依存症で亡くなり、母親は極貧の中、精神異常をきたし、彼は施設に預けられます。どん底の生活の中で、パントマイムをして生計を立て、徐々に子役として頭角を現したチャップリン。ハリウッドに進出し、多くの短編映画を世に送り出しましたが、二次大戦後の‘赤狩り’気運が吹き荒れる中、彼の作品が社会批判的、容共的だということで批判を受け、アメリカを追われます。結局彼が安住の地として選んだのは、祖国イギリスではなくスイスでした。彼は言っています。「私は、祖国を愛している。でも、祖国に愛せと言われたら、私は遠慮なく祖国から出て行く。」祖国というものに対するチャップリンの切ない愛憎が感じられる言葉です。

 

 

 

1人を殺せば犯罪者と言われるが、100万人を殺せば英雄と言われる。数が殺人を神聖化するのだ。」喜劇王チャップリンが、映画「殺人狂時代」のラストシーンでの有名な台詞です。恵まれたとは言えない環境で育ち、政府や支配層に対す風刺的な作品が多い半面、ナチス・ヒットラーに強い反感を持っていたチャップリンの思いが込められた台詞です。

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優しさの定義

2010-09-08 19:23:34 | Weblog


優しさの定義

‘憂’という漢字は、ヒトが静々と心細く、沈みがちなさまを 表した象形文字です。そこににんべんが付くことで、そのように振る舞う人間を指し、しなやかに悲哀を表現する人を俳優と言ったそうです。また、憂な状態にそっと人が寄り添うことが、‘優’になるとの解説もありました。漢字の語源を調べると、なるほどと納得させられますが、頻繁に使う「優しい」「優しさ」となるとその定義は、少し難しそうです。

韓流ファンの女性の声で、よくドラマや映画から韓国人男は、優しいというイメージを持つようです。一方、韓国女性の日本人男性に対するイメージも‘優しい’という言葉を多く聞きました。同じ‘優しい’でもその意味あいは、だいぶ異なるようです。そもそも韓国語で「優しい」に相当する言葉は一つではありません。幾つか挙げると부드럽다(プドゥロプタ)、착하다(チャッカダ)、친절(親切)하다(チンジョラダ)、자상(仔詳)하다(チャサンハダ)などでしょうか。確かにそれぞれ、「優しい男性」に対して使われる言葉ですが、微妙にその行動、状態は異なる観があります。私が考えるに、日本人のそれを‘柔’‘静’とすれば、韓国人は‘剛’‘動’と言えるのではないでしょうか。例えば、ドラマのシーンでもよく見られますが、女性が寒そうに見えたら、自分の上着を着せる、思い荷物があれば持ってあげる、足が痛いと言えば背負ってあげる、落ち込んでいたら無理矢理でも連れ出して付き合うなど、やや女性がためらっていても、強引に行動する「優しさ」が特徴的です。一方 日本のドラマだと女性の心を察して、そっとしておく、温かく見守るなど、気づかれないような思いやりが‘優しさ’として表現されることが多々あるようです。どちらがより優しいかは、判断が難しいところですが、韓国人のほうが、積極的でわかり易いとは言えますね。

「弱き人ほど薄情である。本当の優しさは強気人にしか期待できない。」心の強さがあれば、どんな形であっても、理解されるものだと思います。


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