美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

映画「工作」評論

2019-07-29 11:10:55 | Weblog

映画「工作」 評論

 昨年日本でも上映された「タクシー運転手」「1987、ある戦いの真実」は、韓国の民主化が成し遂げられる過程で起きた事件や出来事、その中で人々が体験した悲劇や苦しみを描いた作品であった。そして今回、朝鮮半島においての最大の課題であり、政治、経済、外交のすべてに影響を及ぼし続けている南北問題の裏の歴史を、あるスパイ事件を基とした作品が日本公開となる。

韓国のスパイ事件というと北朝鮮のスパイまたは北側の指示を受けた人間による韓国内での行為を想像する人が多いかも知れないが、映画の副題にもある黒金星(ブラックヴィーナス)というコードネームを持つ主人公は韓国側から北に送られた実在の人物(パク・チェソ)である。彼は1990年に韓国軍の情報部に入り、当時から噂されていた北朝鮮核開発についての情報取集を担当する。ここで開発に関わったとされる韓国系中国人物理学者と関係を築くことに成功し、報酬と引き換えに低性能ながら北朝鮮が核兵器2発をすでに製造した事実を突き止めた。パク・チュソはこれらの功績が認められ、1995年国家安全企画部(通称 安企部、現在の国家情報院)にスカウトされる。彼は不満を抱いてビジネスマンに転身した元韓国兵を装い、中国・北京で中国の農産物を輸入する韓国企業に紛れ込んだ。ここで非関税扱いの北朝鮮製品も取り扱い、この仕事を通じて徐々に北朝鮮側の接触者やその他の情報提供者らとのネットワークを構築していく。やがて北側の厚い信頼を得るようになった彼は、韓国企業のコマーシャルを北朝鮮の景勝地で撮影しながら、工作活動を展開する。そして、1997年には百花園迎賓館でおいて北朝鮮最高指導者である故金正日総書記と面会できるまでになる。

本作品は、昨年韓国で上映されるや否や観客動員500万人を超え、韓国のアカデミー賞と称される大鐘映画祭 主演男優賞をはじめ数々の映画賞も席巻、名実ともに高い評価を受ける大ヒット作品となった。主演の黒金星を演じるのは、今や国民的俳優と評されるソン・ガンホと並び人気、実力ともに押しも押されもせぬ存在となったファン・ジョンミン。日本で既に紹介された『傷だらけの二人』,『新しき世界』、『国際市場で逢いましょう』、『ベテラン』,『華麗なるリベンジ』、『アシュラ』などで様々な顔を魅せ、作品ごとに独自の存在感を観客の心に残す稀有な俳優である。この映画に銃撃戦は勿論、追走やカーチェイス、暴力シーンも登場しない(ラブシーンも)。無骨な男たちの台詞による緊迫した心理戦、騙し合い、ファン・ジョンミン曰く「マウス・アクション」「シェイクスピア劇」様の展開が繰り広げられる。己の人生を捨て命がけの任務を遂行しようとする工作員 黒金星と、金儲け以外には興味のない楽天的な事業家を完璧に演じ分けるファン・ジョンミンに対し、北朝鮮・対外経済委員会のリ・ミョンウン所長役のイ・ソンミンが、これまた感情を内に秘めた緊迫の演技力で応えている。

映画「工作」のモチーフとなったのは、1997年12月の大統領選挙を控えて、金大中候補を落選させるために当時の安全企画部が主導したとされる「北風工作」事件である。金候補が北側から選挙支援資金を受けたとの噂を流す、さらに北の高官と接触して選挙直前に軍事的アクションを起こすことを依頼する等、いわゆる‘北からの風’を吹かせることで選挙を保守派有利にしようとの企てだ。しかし、結果的には金大中政権が誕生、作戦を主導した安企部海外室長の自らの口から事件は曝露され‘黒金星’の存在も世にあかされることになった。北の核開発の実態を暴くため命がけの工作をし、‘韓国諜報史上最も成功したスパイ’と評価されるも政権が変わるや、今度は作戦中に国の情報を北側に漏洩した罪で逮捕、投獄されてしまう。南北分断の歴史の中で暗躍したスパイの物語ではあるが、彼らも国家や民族の為という大義のもと、政治と権力に利用され翻弄された多くの名もない人間の一人に過ぎないことをこの映画は伝えてくれる。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする