美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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赤プリと朝鮮王朝

2011-06-23 12:07:26 | Weblog

震災後の3月末、「赤プリ」の愛称で親しまれたグランドプリンスホテル赤坂がひっそりと55年の歴史と共に閉館しました。その立地条件や高級イメージから、80年代のバブルの象徴として、若者の憧れのホテルでした。当時、クリスマスシーズンは、高級ホテルやレストランで過ごすと言ったスタイルが流行し、特に「赤プリ」は数か月前には、予約でいっぱいになるほどの人気だったようです。そもそも赤坂をはじめ‘プリンスホテル’の名は、日本の敗戦に伴い、占領軍によって没収された旧皇族の土地がサンフランシスコ条約にて日本政府に返還された後、安価で購入し、ホテル事業を展開したことに由来します。そして「赤坂プリンスホテル」旧館は、李氏朝鮮王族であり、大韓帝国最後の皇太子 李垠(イ・ウン)の邸宅を改装したものです。

李垠は、1910年日韓併合後、朝鮮の皇太子(王世子)となりましたが、李王家は王侯族として、日本の皇族に準じる待遇を受けました。勿論これは同化政策(内鮮一体)の一環です。日本で教育を受け、陸軍士官学校を卒業後した後、梨本宮方子(李方子)と婚姻しました。彼女は当時の皇太子裕仁親王(昭和天皇)の御妃候補とも言われた人で、これもやはり政略上の結婚です。朝鮮王族として生まれながら、時代の流れの中で翻弄されつつ、それでも韓日の架け橋としての役割を果たそうと苦悩する夫婦の姿は、日本でドラマ化もされました。(虹をかける王妃、2006年フジテレビ)日本の朝鮮統治時代、皇族として東京で生きる二人の子供として、1931年 李玖(イ・グ)が生まれます。李玖が14歳の時、終戦を迎えますが、王政復古を望まない李承晩政権は、彼らの帰国を認めませんでした。そして敗戦により王皇族の地位と日本国籍も喪失し、在日韓国人として、邸宅や資産を売却しながらひっそり生活しました。

 子息の李玖は、学習院を卒業後、支援を受けマサチューセッツ工科大学に留学して建築学を学びます。やがてアメリカ人女性と結婚し米国籍に帰化しました。離婚や事業の失敗など、平穏とは言えない人生の中、一時に韓国永住帰国をしますが、結局馴染めず、最後は邸宅のあった赤坂プリンスで生活し、そこで生涯を閉じます。時代が時代なら李氏朝鮮王となるべき李玖が最後に安らげる場所は、そこしか無かったのでしょうか。

 

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相撲とサッカー

2011-06-16 09:58:03 | Weblog

 

今年の大相撲春場所は、複数の力士による八百長問題で、戦災による両国国技館の破損の為、開催ができなかった1946年夏場所以来の本場所開催中止という事態になりました。日本の国技とも位置付けられ、スポーツと言うだけではなく、伝統文化でもある相撲の不祥事は海外でも話題になったものです。そして今度は、韓国の国技サッカーにおいて、まるで日本の余震のように韓国Kリーグの八百長賭博が発覚し、現役選手やブローカーが逮捕され未だ複数の選手、関係者が調査されています。そして先月末には、元Kリーグ選手が「恥ずかしい事件を起こした。」と言う内容の遺書を残して自殺する事件が発生し、サッカー関係者のみならず国民全体に衝撃を与えました。これもまた日本の相撲と同様、以前からも八百長に関する噂は囁かれていました。1998年韓国代表チーム監督であった車範根氏(チャ・ボムグン 現代表選手 車ドゥリ選手の父であり韓国サッカー界の英雄)が退任させられた後、マスコミにKリーグは蔓延る不正を暴露し、大韓サッカー協会から5年間の懲戒処分を受けた出来事もその一つです。 当時は更送されたことの腹いせ的な発言として真面目に取り上げられなかったものですが、次のワールドカップを控えた時期で、協会としても事を荒立てたくないという思惑があったかも知れません。

 

アマチュアの世界と異なり、プロスポーツは勝敗や成績がその選手の将来や生活を大きく左右する厳しい世界です。そして、その厳しさの中で様々な誘惑に陥る可能性もあるのでしょう。意図しなくとも、77敗の力士の勝率が明らかに高いことは人間同士の勝負で有り得ることですが、それが体系化、組織化して金銭のやり取りになれば、ファンにとっては立派な詐欺です。韓国サッカー界の場合、①軍役がある為、選手としての現役時間もさらに制限される。②学歴競争社会で、スポーツに打ち込んできた選手は引退後に再就職が難しい。③出身高校、大学、故郷などの上下関係が密接な為、先輩の誘いや頼みを断りにくい人間関係。④賭け事に対する社会全体の認識の甘さ。⑤選手最低年俸の低さ。などの要因もあるのではないかと考えます。

選び抜かれた選手同士が、さらに真剣に努力を重ねることで、最高の技術を魅せ人々を感動させるのがプロフェッショナルの世界です。その本質を忘れた時は、相撲、サッカーあるいは他の競技にせよ、全てを失うことになるでしょう。

 

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IQと頭の良さ

2011-06-08 14:21:33 | Weblog

韓国では、教育現場で子供のIQ値を、より指標として評価し、実際の学習効果や適性判断に活用しているようです。例えば、IQ値から想定する成績や学力偏差値(学力期待値)などを算出して、その生徒の指導の参考にすると言ったものです。日本では、あまり自分のIQ値数を知っている人は多くないと思いますが、韓国では、ほとんどが知らされており、以前「韓国スターの頭脳ランキング」と言うものまで紹介されていた記憶があります。ところで、’頭が良い’とはどういう事なのでしょうか?そして、IQ(知能指数、Intelligence Quotient)が高いことと’頭が良い、知能が高い’ことはどれほど関連性があるものでしょうか?

知能の定義は、調べてみると意外と明確ではないようです。「何らかの知的活動を行う時の心の特性」と言う表現がありますが、こうなると心が定義されないといけないようです。それでも実際、世の中には‘知能の高い=頭のよい人’と思われる人は存在します。私の大学医学部時代、周囲には、明らかに秀才と言える人たちがいました。中でもある友人は、試験前まで一緒によく酒を飲んでいても、彼は直前にさっとノートに目を通すだけで、内容を記憶してしまい、成績は常に上位。一方私は及第点すれすれと言う結果に、頭の構造の違いを嫌でも認識させられたものです。一方その後、大学を卒業し医学の様々な分野で活躍するようになると、必ずしも成績優秀な人たちが、医師としてまたは、研究者や大学の教員として認められているかと言うと、意外に、成績はほどほどで、むしろ人付き合い重視と言った友人たちが、重要なポストに着いていたりします。そんなこんなで、IQよりもEQEmotional Intelligence Quotient)という評価を考え出した人たちがいました。これは感情コントロール能力、対人関係能力を判断するものだそうです。確かにこちらの方が、会社などの集団では役に立ちそうですが、またそれが全てとも考えにくいです。

 

IQ値、知的活動の基礎能力の目安になるのなら、スポーツをする時の基礎体力や運動神経と同じで、高い方が何かと便利そうではあります。一方、チームプレーが必要な競技であれば、個人が突出しすぎることでゲームに敗れることもあるでしょう。「IQテストで解るのは、知能の高さではなく、その人のIQ値が高いか低いかだけである。」と言った研究者もいるように、適性テストと1つと捉え、参考にする位が良いところでしょう。

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韓国の葬儀

2011-06-02 12:01:55 | Weblog

 

先日、親戚の不幸の知らせを受け、急遽 家内と共に、羽田より韓国へ向かいました。まだ30代前半で、つい数か月前には電話で、家族と日本に遊びに来ると、話をしていた矢先の出来事で、信じられない思いでした。空港より大邱行の深夜高速バスに乗り、遺体の安置されている病院を目指しました。私の手持ちのカバンには、ディズニーの人形が入っていました。もし震災がなければ、日本に来て、楽しみにしていたディズニーランドにも、親戚の幼い子供たちを連れて行けたかと思うと、そして、その事が、今回の事故とは関係ないにしろ、運命の歯車が変わっていたかもしれないと考えると、遣りきれません。

人は悲しく、辛い出来事に対峙した時、どのような反応をするのか、或いはするのが自然なのか、韓国の葬儀に身内の一人として出席して、あらためて考えました。韓国では、喪主や、縁者は、その悲しみを表現するように、慟哭し、周囲に支えられなければ立っていられないほど、激しく悲哀のエネルギーを放出します。そしてしばしば、意識を失い運ばれることも珍しくありません。そして、周囲の人も、その様子から、悲しみの深さを共感し、また故人を偲び、哀悼の気持ちを深くするのです。葬儀で雇われ「アイゴー、アイゴー」と連呼することで、葬儀の場を盛り上げる‘哭き女’という職業も存在し、形式や習慣と言った面もありますが、感情を前面に表現することが、当たり前の文化だと言えます。そのような韓国人の目で見ると、日本人の遺族が、その悲しみを懸命に堪え、時には、

周囲の人々にその死に関連し、むしろ身内の不幸で他人に掛けた‘迷惑’を謝罪までする姿は、驚嘆すべき精神力、忍耐心として映る反面、若干奇異にも見えるかもしれません。感情を露わにすることを‘恥’として、他人に迷惑を掛けないことを最大の道徳としてきたのが日本人の価値観でした。

大切な人を喪失した内面の悲しみは、民族、人種、国籍を問わず共通であるはずですが、外面上の表情は、その社会、文化、習慣によって異なるものです。韓国へ行った人々が、口をそろえて言う解放感は、悲しいときは全身で悲しみ、楽しいときは全身で笑う、そんな人々の姿が新鮮に感じるのかも知れません。

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