美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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雄弁と寡黙

2011-09-28 14:59:43 | Weblog

‘口は災いのもと’と類似したことわざで、韓国では‘舌の中に斧が入った’という言葉があります。不用意に喋ったことで、痛い目に合うということですが、いかにも直接的で、韓国らしい?表現です。イギリスの思想家、トーマス・カーライルの「雄弁は銀、沈黙は金」というのもよく引用されますが、古今東西自分の意図したことや、真意を言葉によって相手に伝えることの難しさは、誰もが感じてきたところです。

今回の経産相の辞任劇も、口は災い・・とも言えるかも知れません。しかし、「死の町・・」は別として、「放射能つけちゃう・・」の方は、一記者に対してのおふざけ半分の言動のようで、大臣に任命されたことの緊張のまま被災地視察に臨み、東京に戻った途端、ほっとしてか、はしゃぎ過ぎてしまったというレベルの様で、少し気の毒とも思う反面、震災復興にたいする「さあこれから!」という国民の期待の中、処分は止むを得ないところでしょう。自分の言動が相手にはどのように受け止められるかを冷静に判断することは容易いことではありませんが、政治家に限らず人前にたつ立場になった場合、この素質は専門的な能力と同様、或いはそれ以上に不可欠なものだと言えます。そして、このような能力は、天分もある反面、多くの境遇の人と接し、話し合い、時には衝突もしながら身に着けていくものではないかと考えます。

先日、ハーバード大学、東京大学、上海大学の学生が、あるテーマに関してテレビ討論を行うという番組を観ました。お互いの発言は同時通訳されていましたから、語学力はハンディにはならず、自由な討論がなされたわけです。東洋と比べ、積極的な参加式授業スタイルで、アメリカ教育の頂点にいるハーバードの学生ですから、当然強い自己主張で討論をリードしていくのかと思いきや、他の学生の発言を聞き、その内容と自分の意見とのバランスを取ろうとしている事が、意外でした。むしろ東大の学生に、とにかく何か主張しなければという気負いを感じたものです。討論は、相手を言い負かし、持論を押し通すためではなく、様々な意見、考えを持った人を前にして、己を映してみることができる鏡の役割をしてくれるのでしょう。一昔前の宣伝で「男は黙って〇〇ビール。」というのがありましたが、日本でも最近は会話が上手くなければ、女性にモテず、また海外に出れば、黙っていては無視されかねません。雄弁は多弁に非ず、寡黙は無口に非ずです。

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天変地異と文明

2011-09-22 17:14:30 | Weblog

高校の歴史の時間に、ちらっと登場しただけですが、その言葉の響き具合が面白かったのか、渤海(ぼっかい、バルへ)という国名は、何となく印象的で記憶に残っていました。渤海国は、広大な領土を誇った高句麗(韓国歴史ドラマでも知られた‘広開土大王’は、高句麗の最盛期を築いた王です。)滅亡後その遺民、大祚栄らによって698年に建国され、229年間続きましたが、926年 契丹族が建てた遼の侵入によって、首都が陥落し歴史から姿を消しました。中国東北地方とロシア沿海、朝鮮半島北部にまたがる地域を領土にし、「海東の盛国」と呼ばれた渤海は、高句麗の遺民のみでなく満州族の祖先などが、混在した多民族国家であったようです。契丹族に滅ぼされた後、継承した国はなく自らの歴史書や記録を残さなかった為に謎が多く「幻の大国」とも言われているようです。そして近年、渤海国の滅亡には白頭山(ペクトゥサン)の噴火が関係していたとの説が、地質学者によって唱えられました。

 

白頭山は、中国吉林省と北朝鮮の国境地帯にある高さ2744mの火山です。白頭山は過去何度か噴火を繰り返してきた歴史がありますが、その中でも10世紀の噴火は、最大の物だったと考えられています。その被害は、渤海のみならず、ロシア、中国そして500キロ以上離れている日本にも及んだ程で、宮城県以北の東北地方の遺跡には、当時の火山灰の堆積物が確認されています。その噴火規模は20世紀内では最大の物と評価されています。これだけの大噴火が国情に影響を及ぼさないはずはなく渤海の滅亡、そして、その後契丹族の遼が占領した都を放棄してしまった原因になった可能性は十分にあります。白頭山はその後も、およそ100年間隔で起こしており最後の噴火観測は1903年で、ここ数年以内に噴火を起こす可能性を示唆する研究者の報告もあるようです。ポンペイを壊滅させたイタリアのベズビオ火山の噴火も10世紀の白頭山噴火よりはるかに小規模であったといいますから、もしそのレベルの大噴火が起きれば、日本の大震災以上の被害も有りうるでしょう。

 

渤海国から日本に届いたのは火山灰だけではなく、人的な往来も非常に盛んでした。遣唐使ならぬ渤海使が計34回、日本からの使者も15回確認されています。渤海人が日本滞在中に使用されたとされる水洗式トイレが、秋田城跡から発掘され現在復元されています。日本の水洗トイレ文化は今では世界的に定評がありますが、こんなところにルーツがあったかもと考えると少しワクワクします。

 

 

 

 

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食事と幸福

2011-09-08 17:38:28 | Weblog

「ジュースやお菓子、インスタント食品などを多く食べる子供は、精神的に不安定でキレやすい性格になる。」という説が、日本でも話題になったことがあります。何となく、もっともらしい話ですが、実際の因果関係は明確ではありません。しかし食事と精神状態に関係する調査や研究は、以前から何らかの関連性があることは多くの学者たちの間で示唆されていました。

最近の論文では、ロンドン大学チームの研究から高脂肪な食品や加工食品、甘い御菓子などを習慣的に食べる人達は、果物や野菜、魚を中心とした食生活を送る人たちと比べ、うつ病になる確率が 58 高くなるという研究結果が発表されました。「やはり高脂肪、高カロリーの食品は体に悪くて、その上うつ病にまでなるものか。」と納得できる結果ですが、先日こんな研究結果も発表されました。ベルギーのルーバン大学の研究者らによると脂肪分を多く含む栄養液を摂取した被験者は悲しい音楽を聞いたり、暗い表情の人の写真を見せられたりしても食塩水を摂取したグループに比べ心が落ち込む度合いが低かった。これを受けてむしろ脂肪成分が、うつ病治療に対して臨床的な意味を持つ可能性に触れています。一見、相反するような結果ですが、どう解釈すべきでしょうか。私なりに考えてみましたが、一つは高脂肪成分が不安や、うつ状態を改善する働きがあるとして、むしろそのような状態の人が、ジャンクフードやファストフードを多く好む結果、ロンドン大学チームが示した研究結果が出たのではないかということです。もう一つの仮定は、ファストフードや加工食品中心の食事をする人たちが、ある意味すでにゆとりのある食卓の豊かさという点からは、離れた環境にいるのではないかという点です。

日本に限らず韓国でも食生活の欧米化や多様化が進み、子供の中にはキムチ嫌いも増えています。そして特に低所得家庭ほど、キムチの消費量が少ないという調査結果が数年前のアンケートで報告されました。これはキムチの他、ごはん、おかずと言った当たり前の食卓を準備する金銭的、時間的余裕のない家庭では、安く手間のいらないラーメンなどの加工食品やファストフード消費が増える現実があるようです。幸い飢えの心配をしなくなった私達も改めて食卓の在り方と心の豊かさ、幸福につては考える必要があるかも知れません。

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統計学とウソ

2011-09-01 15:16:48 | Weblog

2010年度の統計から日本人女性の平均寿命が、昨年より0.05歳下回り86.39歳と発表されました。前年度を下回ったのは5年ぶりということすが、それでも26年連続して世界一位を維持しています。男子は逆に0.05歳増えて79.64歳で世界4位、男女平均はこれまた世界一位です。韓国も男女平均寿命80歳を超え、堂々の世界20位と今では立派な長寿国の仲間入りです。では86歳を迎えた日本の女性が、「自分はこれで同世代の中では、半分以下の長寿の部類に入れた。」と考えたら正しいでしょうか?実はこの時点では、同世代の66%が生存しており、半分以下になるのは89歳です。つまり平均寿命とは0歳の人間が平均して、あと何年生きるかという値を統計的に処理した数値なのです。

当然ですが医学論文などで正確にデータが統計処理されていなければ、その論文は全く価値のないものとされてしまいます。しかし科学の世界でも、計算上は間違っていなくとも母集団や評価法の違いで表れる数字を無意識的にも意図する、或いは自分が期待する結果の方向に導いてしまうことがあり、常にその誘惑から逃れるべく第三者による客観的判断に対して謙虚な思考を持たなければなりません。逆に広告や何かのキャンペーンの為の統計値や数字であれば、それは必ずある目的の為に示された数字と考えても間違いではないでしょう。「体験者の90%が満足している。」とか「回答者の半分以上が不満と感じている。」とかです。「世の中には3つの嘘がある。嘘、真っ赤な嘘、そして統計だ。」と言ったのは、「トムソーヤの冒険」で知られるマーク・トゥエインです。

また、いかにももっともらしい数字や実験を示すことで、人々をだます手段として使われる似非科学にも注意です。「最近太り気味と感じている主婦5人に〇〇を1週間食べてもらったところ、皆何キロ以上痩せました。」といったものです。この実験らしきものは、母集団があまりに少ないこと、被験者が関係者である可能性、対照実験をしていない、その他の条件を個人ごとに統一していない点など全く科学的意味を持ちません。「体験者の80%が満足している。」「回答者の過半数が不満に思っている。」などのアンケートもまた、統計的に見せながら操作されたものがあります。人を信じるなとは言いませんが、少なくとも誰が何のために行ったものかという背景は、自分で確認する必要あるようです

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