歌わない時間

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『芥川賞全集』第十四巻

2011年01月05日 | 本とか雑誌とか
『芥川賞全集』第十四巻(文藝春秋)で、村田喜代子「鍋の中」、池澤夏樹「スティル・ライフ」、三浦清宏「長男の出家」、南木佳士「ダイヤモンドダスト」を読む。昭和の末期に発表された小説群。西暦でいうと1980年代の後半。今から二十年ちょっと前。いづれも面白く読みました。やはり選び抜かれた小説にはそれだけの力がある。もちろん、芥川賞にふさわしいのはどれか、という特定の眼で選ばれてはいるわけですけど。

「長男の出家」は、小学三年のときにお坊さんになりたいと言い出した長男が、中学三年から高校に進む時期にお寺の女の和尚さんの養子になって、ほんとに出家してしまう話。奇想天外だけどリアル。この和尚さんがもうすこし巧く書けていたらよかった。

「ダイヤモンドダスト」は農地や林が切り売りされて別荘地へと変貌しつつある農村が舞台。三十代の看護師のやもめ男が視点人物。父と、息子と、三人暮し。この父親と、それから患者として入院してくるアメリカ人の宣教師がよく書けている。この宣教師は元軍人で、ベトナム戦争で戦闘機に乗って実戦の経験を持つ。ただ、看護師「ぼく」の同級生の悦子というのはよく分からなかった。

「鍋の中」は、出てくるのがおばあさんと四人の孫のみ。孫のうち二人は自分たちの出自に関わる秘密をおばあちゃんに明かされるのだけど、おばあちゃんがすでにまだらに正気でないところがあって、聞かされたそれらの秘密もほんとに信じていいものかどうか分からない、という、聞かされた者にとってはとんでもない状況。

「スティル・ライフ」は、はじめのほうの染色工場でのアルバイトの場面のリアリティと、後半の株で金を稼ぐところの非現実感の折り合いかたがとてもいい。ちょっと散文詩のような小説。

『芥川賞全集』には巻末に各選考委員による「選評」が載っている。「ダイヤモンドダスト」については各委員のコメント軒並み好意的。わたしはこれを読むまで、芥川賞の選考委員は芥川賞をもらった作家ばかりがなるものだと思っていた。中村光夫とか、水上勉とか、こういう人も選考委員をやってたのね。水上さんは直木賞の受賞者。

久しぶりに小説らしい小説を読んだ。未読があと三編。読むかどうかは分からない。

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