歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

滝口康彦『一命』

2014年04月29日 | 本とか雑誌とか
滝口康彦『一命』(講談社文庫)読了。長崎県生まれの時代小説家だった滝口さんの短編をいくつか選んであらたに編まれたもの。かつて講談社文庫にはわたしにとって思い出ぶかい『落日の鷹』など、長編もいくつか入っていましたが、いつの間にかすべて品切れになっています。滝口さんは2004年に亡くなりました。

滝口さんの小説をはじめて読んだのが、いつどこでだったか、はっきりした記憶はありません。とにかく子供のころの話。中学生かな。立山の県立図書館の開架書棚にあった『落日の鷹』という単行本を借り出して読んだことは憶えていて、それが出合いだったのかもしれない。ただわたしはマニアックな少年で、『歴史読本』とか『歴史と旅』とかいう雑誌をときどき小遣いで買って読んでいたので、そこに滝口康彦の小説が載っていたかもしれない。それから図書館の書棚にこの人の名前を見つけて『落日の鷹』を借り出してきた、って可能性もなくはない。とにかく、わたしにとって滝口康彦という作家は『落日の鷹』の人なのです。

『落日の鷹』の主人公は多久安順という武士でした。もともと龍造寺家の血筋でありながら、龍造寺家を乗っ取った鍋島家の家老となって、佐賀藩鍋島家の治政確立のために尽力した人。鍋島家の支配が確立するということは、旧主である龍造寺家の立場からいうと、御家の「落日」ってわけですね。

今回読んだ『一命』には、「異聞浪人記」「貞女の櫛」「謀殺」「上意討ち心得」「高柳父子」「拝領妻始末」の六作品が収められています。舞台は佐賀が多いです。いづれも武士の世界の苛酷な桎梏に生きる人たちの話。『一命』とは「異聞浪人記」の映画化タイトルだそうですが、わたしは知りませんでした。この年になって読むと、人物の動かし方がぎこちなく感じられるところもあるし、文章の古さも否めない。でもそういう欠点にもかかわらず、武士道の世界で誠実に生きようとする人びとへの、滝口さんの哀惜の眼差しが好ましい。わたしとしては、収録作の中では「貞女の櫛」「高柳父子」あたりが好み。

いま『落日の鷹』は電子書籍でなら購入可能らしい。それを聞いて、わたしはiPad miniとかどうだろう、と急に思い立っているところです。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿