歌わない時間

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平岩弓枝『御宿かわせみ』

2005年08月18日 | 本とか雑誌とか
平岩弓枝『御宿かわせみ』文春文庫。

真野響子は好きな女優で、だから彼女と小野寺昭が出たNHKの『御宿かわせみ』はよく見ていた。それももう大昔のことだが、やはり「るい」と「東吾」はこの二人のイメージだ。

現役作家が書いている捕物帖シリーズってよく知らないのだが、いちばん有名なのがこれぢゃないかしらん。「初春の客」「花冷え」「卯の花匂う」「秋の蛍」「倉の中」「師走の客」「江戸は雪」「玉屋の紅」。

平岩弓枝という人は現代風俗小説もごまんと書き、またかつてはテレビドラマを書き、商業演劇のための脚色、演出もして、そうとうマルチな作家だが、最後は『御宿かわせみ』の作者として終わりそうな感じだ。わたしは高校時代、この人が原作・脚本を書いた『午後の恋人』というテレビドラマをちらっと見て、主題歌に使われていた中島みゆき(「根雪」)というシンガーソングライターを知り、さらには原作本上下2冊まで買ってしまって、しばらく平岩弓枝の現代小説に凝っていた。その流れで、じつは『御宿かわせみ』もシリーズ第1巻だけ読んではいたのだ。当時はまだそんなに『御宿かわせみ』も持て囃されてはいなかったと思う。それにしても最初の一編「初春の客」の哀切な感じは、筋を売ることばかりが目に立つこの作者の現代小説の読者からすると、意外なほど味わい深いもので、いつか、このシリーズをある程度まとめて読んでみようと思っていた。この夏、かつて読んだこの第1巻をもう一度読み、さらに第2巻『江戸の子守唄』も読んだ。

一文ごとに改行することの多いこの人の文章は、現代小説では、行数稼ぎぢゃないの?と思えてあまりいい感じしないのだが、時代物では気にならない。文体は現代物のときと変わらないが、よりすんなり読める。

この第1巻でシリーズ初期の主要キャラクターは出尽くしている。そして一人一人の性格づけがはっきりしていてそれぞれ魅力的だ。るいと東吾の不安定な恋愛関係がどう発展していくのかという興味で読者は引っ張られていく。捕物帖としてのお話自体も、ひとつひとつよく書けている。江戸の地名がたくさん出てくるので、切絵図(の複製本)を脇に置いて指でたどりながら読むと面白そうだ(うちにも人文社から出てるのがどっかにあるはずだけど…)。作者が勉強していることがよく分かる。江戸ブームに乗ったのも、ただ江戸が出てくるから、ということだけが理由ではなかった。

このシリーズが、後にこの作家の代表作に育っていくことを知っているから、いま読む読者は安心して読み進められるわけだが、しかしそれにしてもこの第1巻『御宿かわせみ』の諸編はなんとも暗い色調の作が多い。「初春の客」もそうだが、次の「花冷え」も心を打つ悲劇だ。