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「いだてん」が終わってくれた

2019年12月16日 16時32分57秒 | 文芸・アート

12月16日(月)

 

 

 

昨晩で、やっと宮藤官九郎(クドカン)の「いだてん」終わった終わってくれた。 

 

最後まで低視聴率にあえいだ理由は簡単、面白くないからだ 

面白くない理由は、ストーリー構成が才に走り過ぎて分からない人物描き方安易感情移入できないからだ。 

 

【物語構成】 

クドカンの過去のドラマの共通特徴は、伏線をいっぱい撒き散らしながらストーリーを進め、最後にそれを、一つの主題の下にみんなつながってましたと見せることにあるらしい。その「神回」的な「回収」にコアファンは感涙するらしい。それは物語の手法としてあるし、それがうまくいった場合はお見事!。問題は「いだてん」ではそのドラマチックな手法が狙ったとおりにいかなかったことだ。 

 

まずいだてん脚本は①「金栗四三ストリーム」②「田畑政治ストリーム」③「古今亭志ん生ストリーム」の三つの流れがある。③は。最初は①が前半を、後半は②が主に流れるが、最終に行くにしたがって①もまた顔をだしてきて、ぐちゃぐちゃになる(笑) ①と②は、ま、日本オリンピック史に係る人物だから二人を絡めてもいいとしよう。嘉納も架空の懐中時計の小道具まで出して①②の連関補強を図っても、ま良しとしよう。

しかし③の志ん生ストリームは、初めから終わりまで流れて多くの人をその存在理由も分からず困惑させた。最終回で「五りん」なる志ん生の架空の弟子が聖火リレーに加わるが、これはもちろん作り話で、あえて①②③の大団円を無理やり図って見せた策にしか感じない。「お見事!」と拍手できない。「いだてん」では伏線回収の「見得を切る」ための無理やり感がむしろ痛ましい 

 

【人物描写】 

この「いだてん」が全くの「物語」ならいい。「あまちゃん」みたいに全く実在しない高校生の「物語」なら構わない。許される。はじめから「物語」なのだから。しかし「いだてん」は実在する人物をメインに描いているがゆえに、いくらテロップでこれはフイクションですと小さく断り書きを入れても(笑)、視聴者はドキュメンタリーと見てしまう。その結果、細部ストーリーも視聴者は事実かなと疑いながら見ていることになる。嘉納は、金栗は、田畑は、本当にあんなことを言ったのだろうか、やったのだろうか・・と。疑問に思う言動・所作がポジティブなものならいい、そういう創作なら視聴者が信じたいと思うことだから。しかし、金栗は本当にあんな奇声をあげて冷水をあびて尻を出して、へんてこな走り方をしていたのだろうか、あれではマラソン馬鹿というよりただの馬鹿ではないかとか、田畑はあんなにオレオレのオリンピックとかババアババアと言いまわっていたのだろうか、本当に東大卒なのだろうか(笑)とか、モノを考える人はその疑問にこだわるはずだ。従来の歴史大河ドラマなら主人公が誰とロマンスを繰り広げようが、それは作者の想像、創作的展開だと視聴者は割り切っている。史実的エピソードは極めて限られているのだから、むしろ面白いと。しかし、現代史のドラマとなると、それは事実で自分が知らないだけかとの疑いにさいなまれることになる(笑)。

しかしクドカンが小手先の笑いを作るために、単にへんてこな言動をさせているのだと分かってくると、どっちらけになり、視聴者はいだてんのドタバタはむしろ不快になり、離れていく。離れていった。最終回で、「いだてん」は志ん生の頭の中のお噺(はなし)だったんですよみたいなオチにされると、ボクみたいに真面目で熱心な視聴者ほど、怒る(笑)。 

 

クドカンは、落語が好きらしい、自分も落語をやってみたいと思っているらしい。だから志ん生を絡ませたかったのだろう。これは有名になった脚本家のおごり。自分の趣味がとおると思ってしまうのでは。アニメの巨匠宮崎駿が最後の作品「風立ちぬ」で堀辰雄の名作「風立ちぬ」に自分の好きなゼロ戦製作者の堀越二郎をからませてゴチャゴチャ作品を作って晩節を汚したのと同じだ。

さらに自分の趣味との混同がもう一つある。落語の笑いは、落語家の所作も含めた瞬発的なものの気がする。一瞬でおかしく感じてワッハッハーと笑えるもの。その単発的な笑いを求めて落語家は噺(はな)している。ストーリーを追っていき、登場人物に感情移入してしまい、場面によっては思わず笑いがこみあげてくるのが演劇、TVドラマだ。クドカンのいだてんは落語的な受けを狙ったコメディ的な味付けが多すぎる。それしかないともいえる。常識人が避けるような所作・言動をあえて登場人物にさせて、意外性からくる笑いを狙う安易な手法だ。あえて暴力を露出し関心を持たせようとするたけし巨匠映画とやはりお仲間、通じている。単発的なクドカンドラマならいいが、1年間もこれをやられると・・ (受信料返せだ) 

 

やはり終わって良かった。 

 

過去日記:

大河ドラマいだてん 考 2019.5.7

 

宮崎駿・映画「風立ちぬ」を観て 2013.7.22

 

 

 



2 コメント

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Unknown (jun)
2019-12-18 06:58:10
いだてん〜平均視聴率8.3でしたか!
ピエール瀧に続き、チュートリアル徳井まで降板という不祥事も続き…。

最後まで、ドタバタで終わりましたね。脚色にも程がある。滑舌の悪いタケシが出てくるのがストレスでした。

おっしゃる通り、心に残るドラマチックな場面はありませんでした。本当に単発的な笑い、でも、(ホント?こんな事あったの?こういう人物像だったの?)と、感情移入出来ないオリムピック「噺」でした。クドカンが落語好きだったのですか。その趣味を1年間も押し付けられたら迷惑。「あまちゃん」が好きだったたけにガッカリでした。

「西郷どん」のラストシーンも自決せず史実と異なっており批判されていましたね。最近の大河ドラマは、なんか方向が変わってきたのでしょうか。

ただひとつ、私、五りんの父親役をやった仲野大賀クンの演技は好きでした。満州で銃弾に倒れる場面だけは心に残っています。
大賀クンは、ハマショーが主題歌「悲しみは雪のように」を歌ったドラマ「愛という名のもとに」で、最後、自殺してしまう愛称チョロを演じた中野英雄の次男です。
クドカンの「ゆとりですがなにか」でブレイクした俳優ですが(苦笑)

来年の「麒麟がくる」に期待したいです。私の好きな染谷将太クンが信長役で出ます♪
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◇junさん、こんにちは◇ (Sora)
2019-12-18 15:51:15
junさん、よくご存じですね。ていうかよくTV観てらっしゃいますね(笑)。

>でも、(ホント?こんな事あったの?こういう人物像だったの?)と、感情移入出来ないオリムピック「噺」でした~
私はなぜ「いだてん」が面白くないのか、じゃボクが面白いと感じるドラマはどういう場合なのかを考えてました。そのキーワードは「感情移入」なんですね。自分もそのキャラクターと同じような気持ちになって観てしまうかが大きなポイントです。それが「感動した」「面白かった」につながっていく。「いだてん」は主役たちに感情移入するまえに、笑いを狙った大げさな言動に違和感を感じて、その世界に入れなかった。
嘉納ならパイオニア意識、金栗なら一途さ、マーちゃんなら執着力が、さらに志ん生でも破天荒さが、素直に演出演技すればキャラクターの深い魅力を引き出したのに、過剰演技が感情移入を妨げてしまった。 
おそらくクドカンの根本的な失敗は、オリンピックドラマを通して、貫きたかった主題がはっきりしていなかったためでしょう。「おしん」なら「スカーレット」なら作者は何を描きたいのは誰もがだいたい見当がつくでしょう。視聴者は、その主題を追体験する度に感動するもの。日本オリンピックの歴史に、誰もが納得する主題を見つけるのは実際は困難。よほど卓越した思想を持っていなければ不可。クドカンはそこを知っていて、ちよっとお涙頂戴エピソードを入れつつも、大半をおチャラけシーンで逃げようとしたのだと思います。

あらら、また持論を展開してしまって、すみませんね。

>「西郷どん」のラストシーンも自決せず史実と異なっており批判されていましたね。最近の大河ドラマは、なんか方向が変わってきたのでしょうか~
うむー、歴史とは?、歴史はだれが書くのか?の問題になってしまって本当は難しい。大河ドラマは、NHK編成部の隠れた意図・主題が従来からあったと思いますよ。それは「男がやる戦いは女性の目からみたらバカバカしいことでやる必要のないこと」という健全な視点ですね。奄美大島の女にしてみればせごどんを本当は理解できないですよね。その主題を隠し味にしつつ、歴代ヒーローの内面に自由な解釈で入っていく、その解釈が大河作成者の腕の見せ所だったと思います。西郷どんが、「もう、ここらでよか」と自決シーンを見せずに(血だらけではあるが)息を引き取るラストシーンは、自決を美化・顕彰させまいとする先の反戦思想でしょうね。良いと思います。日本の統一と旧士族のはざまで悩む西郷どんの内実がよく描かれていたと私は思います。

junさんお気に入りの仲野大賀クンのシーンはよく覚えてません。安っぽい反戦の描き方だなと思うだけで。父のチョロ役は、はい、私も昔のことなので知ってます(笑)。

>来年の「麒麟がくる」に期待したいです~
信長が光秀をイジメて、頭にきた光秀が本能寺で信長に仕返しをしたという史実は、みなさんが知っていますよね。これだけをドラマにすると、宮仕えのサラリーマンをメインの訴求対象にしたドラマになってしまいますが。どうも違うようですね。二人の関係の新しい歴史解釈を披露するのかもしれませんね。「麒麟」がそのキーワードになりそうです。

実は、みんなが知っているヒーローの新解釈の妙をみせる歴史大河ドラマでもいいですが、私は瀬戸内寂聴さんに脚本書いてもらって「源氏物語」なんかやってほしいですね。お茶の間には向いてないか(笑)。
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