詩のノォト fossil in blue

生涯にわたる詩のブログ、生と死に揺らぐ詩、精神の暗く重い音のない叫びの詩

三つ児の弥終(いやはて)

2016年05月27日 | 深い海 2016

昔音楽を苦しみにしてはいけないと雲の上のある人に言われた
それをわたしに言うの?とわたしは思っていた

己の不可知が己の限度を超えて針を遥か上空の彼方にまで吹っ切ってしまった時
音楽どころじゃない
それどころじゃなくなってきます

仕事でも義務でも責任でも誰に言われた訳でも頼まれた訳でも何でもなく生業の極々微細な一助にも成り得ず何の役にも立たないただの個人的趣味趣向の範疇でしか在り得ない穀潰しの異名のものなどは
情の存在しないフィールドにあっては真っ先に切って捨てられる立場に在るのですよ

殺されるの?と思う恐怖に対峙し萎縮しきったペチャンコのただの薄い薄い一枚のプレスされた紙になってしまった情念は
刻印されたのではなく
変形

元のカタチはありません
全く別個の肉の塊りに
変化

マジックではありません
変身です

異なる者に
なります

音楽何それ
人生?関係ない
夢?希望?将来、計画、愛?自分???
知らない

知らないの、そういうもんのことは

それらはね
薄い薄い
地面に同化した輪郭を持たないちっちゃなぼろぼろの溶けそうなシールの上には
乗らないの

心を搾取され虐待された幼き魂の
悲しみや寂しさや虚しさが
やがて苦しみや憎しみや嫌悪や恨みや辛みになって
自己内へ向かうか自己外へ向かうか
晴れるか晴れないか
それだけの違いでしょう

ただその時そこで受精卵になり
その時そこへ生まれてきたというだけ

天と地の違いがあるのに
天から地は見えないの
人間ごときには
地からは知る術が
無いの
それだけのこと

それである時辛うじて音楽に引っ掛かって
細ぉく細ぉくそのほとんどが切れたまま極極稀に音楽に触れて

そんなものはね
内なる巨大な無慈悲冷酷の前にあっては
何の力も無い
種の概念さえ無いのに
幸せや期待は
人間一人をぺチャッと押し潰すに余り有る
単なるプレス機の巨大な鉄の塊りにほかならない

そんなことも解らない人達の中で生きていかなきゃならないのは
本当に疲れます死にたくなる程に

内へ向かうか外へ向かうか
晴れるか、晴れないか。


2016.5.27.pm7:40



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