水の中の落とし物を探すには ( サルベージ )
水の中に潜るのだが、泥を巻き上げて水が濁らないようにできるだけ底の方に位置して、どこにあっても分かるように目を開ける。
体を回転するとき、又は周囲を見渡す時には、右腕で体を引っ張って左腕の方向に回る。
この方法は、泳ぎを習うのには有効な方法で、このことに慣れると水底が見えない深いところ、あるいは、非常に深い又はそのような川の堤や危険な場所では決して泳ごうとは思わないようになる。
犬かきをするには
右の横泳ぎを習得する前にこの泳法を試みるのがよい。右の横泳ぎでは腕と脚を伸ばすのに対して、これは腕と脚で水をたたく方法を取る。最初に右腕を水から出して次に右脚を持ち上げる。この絵のように力強く水を蹴る。
つま先を水の上に出すには ( 水に浮くには )
背中をまっすぐに寝かせて、脚をまっすぐに伸ばす。腕を水の中で動かして脚を水の上に持ち上げる。
・・・・・・・・・・等々の説明が続きます。泳法だけではなく水との付き合い方が書かれています。
話は全く変わるけれど、同年代の人にフランシス・ベーコンがいます。彼は1561-1626年間に生きたひとで、ディグビィ―の生涯ともダブります。あのシェークスピアは1564-1616だから、この時代は偉人、奇人を多く輩出した時代だった様です。
ベーコンが残した「知識は力なり」(Ipsa scientia potestas est;学問の壮大な体系化)の言葉とディグビィの泳法の内容と先の2つの「水泳の文字が入った」書物を比較した時、時間の大きな「うねり」を感じます。
大学で講師の職を得、司祭の話が出ていた矢先、順調にいくかに見えたディグビィの人生が大きく揺らぐ大事件が勃発します。「人生一寸先は闇」の文言は、何も今に始まったことではありません。務めていた会社が倒産する、津波で家が潰される。それ以上の不測の事態がディグビィに起こったのです。
つづく
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