美術館巡りと古都散策、Jazz & Bossa など・・

スタンダードやボサ・ノバなどを歌って録音したり、美しい景色などを撮影して動画を作っています。美術展にもよく行きます。

奈良公園紅葉巡り

2022-11-17 | 散策

先日の15日は、とてもお天気が良かったので一人で奈良公園に行き紅葉と

色づいた銀杏を撮影してきました。

東大寺の裏にある銀杏の大木が毎年この時期になるとものすごく黄色くなり、

それはそれは大変綺麗なのです。

お目当ての銀杏の大木数本は、確かにすごく綺麗に色づいていましたが、なんと

一番メインに思っていた銀杏の木で何と結婚式の前撮りを若いカップルがしていました。

もうすぐ終わるだろうと他のところを撮影して1時間後に戻ってみると、まだ撮影して

いるではありませんか・・・トホホ

でも、その二人とカメラマン達が映り込まないように動画撮影と写真を撮りました。

東大寺~二月堂~手向山八幡宮~若草山の前を歩いて春日大社に行き、全部で300枚くらい

撮影しました。

七五三のお参りで春日大社はすごい人でした。

さすがに疲れが出て、浮御堂や興福寺も行く予定をしていましたがパスしてしまいました。

動画を作りました。

【奈良公園紅葉巡り】

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

滋賀県 大津市 比叡山坂本~三井寺 紅葉巡り

2022-11-10 | 散策

昨日、滋賀の大津市で紅葉を撮影しました。

まずは、JR湖西線の比叡山坂本駅から徒歩で日吉大社を訪ねました。

日吉大社は、比叡山の麓に鎮座し、約2100年前に創祀された全国3800余の

分霊社の総本宮です。平安京遷都の折にはこの地が都の鬼門にあたることから

都の魔除・災難除を祈る社に。また伝教法師が比叡山に延暦寺を開かれてよりは、

天台宗の護法神として多くの方より崇敬を受け、今日に至っています。

次は、西教寺に。

『天台真盛総本山 西教寺』聖徳太子が恩師である高麗の僧慧慈、慧聡のために

創建されたと伝えられています。

久しく荒廃しましたが、慈恵大師良源上人が復興、念仏の道場としました。

そして、西教寺は、戦国武将 明智光秀ゆかりのお寺としても有名です。

元亀2年(1571)織田信長の比叡山焼き討ちの際、このお寺も災禍を被りました。

その直後に築かれた坂本城の城主となったのが明智光秀でした。

光秀は西教寺の檀徒となり、このお寺の復興に力を注ぎました。

総門は坂本城城門を移築したもので、鐘楼堂の鐘は光秀が寄進した坂本城の陣鐘です。

光秀と妻の熙子や一族の墓がこのお寺にあります。

昼食後に京阪電車・石山坂本線に乗車して三井寺に向かいました。

三井寺は、正式名称を「長等山園城寺(おんじょうじ)」といい、天台寺門宗の総本山です。

667年に天智天皇により飛鳥から近江に都が移され、近江大津京が開かれました。

672年、前年の天智天皇の永眠後、大友皇子(天智天皇の子:弘文天皇)と大海人皇子

(天智天皇の弟:天武天皇)が 皇位継承をめぐって争い、壬申の乱が勃発。 壬申の乱に

敗れた大友皇子の皇子の大友与多王は父の霊を弔うために 「田園城邑(じょうゆう)」を

寄進して寺を創建し、 天武天皇から「園城」という勅額を賜わったことが園城寺の始まりと

されています。

平安時代、第五代天台座主・智証大師円珍和尚により、天台別院として中興されました。

以来今日まで続く千二百年以上の歴史の中で、源平の争乱、南北朝の争乱等による

焼き討ちなど幾多の法難に遭遇しましたが、智証大師への信仰に支えられた

人々により、苦難を乗り越えてきた様から、「不死鳥の寺」としても知られています。

昨日は、まだ紅葉のピークにはなっていませんでしたが、綺麗な紅葉をたくさん撮影出来て

楽しめました。

動画を作りました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする