
去る4月28日に「坂の上の雲ミュージアム」なる施設がオープンしました。司馬遼太郎氏の長編小説「坂の上の雲」の舞台が松山、活躍する登場人物たち(秋山兄弟、正岡子規ら)がみな松山人であることから、松山市は「『坂の上の雲』のまちづくり」をスローガンにしてきました。その結晶がついに完成ということだそうです。

「坂の上の雲」は読み始めるのにちょっと戸惑いを感じる長編小説です。2006年に某放送局でスペシャル大河ドラマとして映像化される予定になっていたそうですが、計画が延期されているようです。映像化も困難で頓挫しそうなほど壮大な作品であるということなのでしょう。

そういった作品を残した、エネルギッシュな作家に興味を持ちました。司馬氏の作品といえば「竜馬がゆく」などの歴史小説や「街道をゆく」といった歴史紀行文が思い浮かびます。どうしたって、大人向きの作家のように思います。ところが、少し以前の大阪書籍の「小学国語」の教科書に、書き下ろしで子どもたちへのメッセージを残されています。現在の教科書にはもう見られないそうで、朝日出版からは「21世紀に生きる君たちへ」というタイトルで単行本になっています。

内容は「21世紀に生きる君たちへ」と「洪庵のたいまつ」のふたつの文章になっています。要約することもかなわぬくらい洗練された、子どもたちへの語りかけになっています。もともと、教科書に採用された文章ですから、分量的にはあっという間に読み果せるのですが、それを何度読み返しても新しい気がするのです。
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「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」……

この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望でもあり、君たちへの期待でもある。……

そうなれば、21世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬しあうようになるのにちがいない。

21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
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助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じると言ってもいい。やさしさと言いかえてもいい。「いたわり」「他人の痛みを感じること」「やさしさ」みな似たような言葉である。この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない、だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
(いずれも「21世紀に生きる君たちへ」より)
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いかがでしょう。1999年、21世紀に入る前に記されたこの文章は、見事に今の「環境問題」「科学の問題」また「心の問題」「いじめの問題」を言い当てているように思えます。この単行本は、司馬氏の美しい文章を、ドナルド・キーン氏監訳による日英対訳にしたものになっています。英語の勉強にもなります。小学生以上のみなさんも、一度読んでみてはいかがでしょうか。
澪標