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【ミステリー】驚異の再生力『プラナリア』

2009年12月08日 23時02分51秒 | Weblog
           ventral
 今、再生研究で再び注目を浴びる生物、それがプラナリアだ。プラナリアは川や池といった淡水にすむ生物で、きれいな環境さえあれば日本中どこにでもいる。一見ヒルのようにも見えるが、よく観察すると、2つの眼(寄り目がかわいい)をもっており、なかなかキュートな顔立ちだ。実は、眼だけではなく、筋肉や消化管、脳までももつ、れっきとした動物だ。このプラナリアの何がすごいか。それはイモリ、トカゲやミミズを凌駕する高い再生能力だ。例えば、メスのような物で10個の断片に切る。すると死ぬどころか、全ての断片が一週間ほどで完全な個体へと再生し、10匹のプラナリアになるのだ。
 しかし、何も人に切られるために高い再生能力を備えているわけではない。彼らにとっては増殖の手段なのだ。プラナリアは、通常、ある一定の大きさまで育つと、胴体の中央にある咽頭の少し下でくびれを生じ、2つに切れてやがてそれぞれが個体となる。つまり無性生殖、言い換えればクローン増殖するのだ。さらに驚くべきことは、栄養条件や温度などの環境が悪化すると、自らの体の中に精子と卵子をつくり、受精して新たな遺伝子セットをもった子孫を残すのだ。つまり、無性生殖と有性生殖を使い分け、個体の数を効率的に増やすと同時に、遺伝的多様性も維持することのできる、生命力あふれる生物なのだ。
 この高い再生能力は何によって実現しているのか。プラナリアの再生メカニズムを、細胞、遺伝子レベルで研究しているのは、京都大学生物物理学教室の阿形清和教授だ。約14年前にプラナリアの研究に着手して以来、目覚ましい成果を遂げてきた。その一つが、プラナリアの再生力を支えている全能性幹細胞の同定だ。プラナリアの体には分化全能性を備えた細胞が存在し、それが体中に新たな細胞を供給するとともに、失った組織や器官を再生する源になっていると考えられていた。阿形博士は、その細胞の具体的な同定を目指してきた。
 幸運にも布石は既にあった。プラナリアの組織を電子顕微鏡で観察すると、核が大きくて細胞質が小さい、といった未分化な状態を示す細胞が多数見つかっていたのだ。そしてもう一つの重要な特徴は、放射線によってこれらの細胞が消失する、ということだった。一般的に、分化した細胞は増殖せずに特定の機能を果たすが、未分化な細胞ほど増殖能力が高い。増殖中の細胞は盛んにDNAを複製しているため、放射線を当てられると変異を生じ、死滅する傾向がある。プラナリアはX線を照射されると再生能力を失うことも知られていたため、この細胞こそが、再生力を与えている全能性幹細胞である、と強く確信したのだ。
 この幹細胞を何とか分離したい。そこで阿形博士が用いたのはセルソーティングという最新の技術だ。X線照射の前後でプラナリアの組織から採取した細胞を比較し、照射によって消失する細胞集団を同定、分離することに成功したのだ。ところが、一つ想定外のことがあった。幹細胞らしき細胞がどうやら2種類あるのだ。そこで、これらの細胞をX1およびX2と命名し、それぞれの特徴を詳細に解析した。すると、X1は細胞が大きく、DNAを多く含んでいるのに対し、X2は小さく、細胞質も少ないことが分かった。また、DNAの材料となる分子を与えると、X2はほとんど取り込まなかったが、X1は盛んに吸収した。つまり、X1は盛んに分裂する活発な細胞で、X2は静止期にある冬眠型の細胞らしいのだ。これらの細胞は体内で異なる分布を示し、X2はより表皮側にあり、X1はすぐその内側に存在することも分かった。これらの細胞を合わせると全細胞の10%以上にもなるという。
 また、X1およびX2それぞれに特異的に発現している遺伝子を調べると、それまでに知られていなかった遺伝子を含め、多数の遺伝子が同定された。このうちの一つ、piwiをノックダウンすると、幹細胞が維持できなくなり、再生しなくなることも分かった。
 阿形博士はこれらの結果から、プラナリアの幹細胞には静的な細胞と、活発に増殖する細胞の2種類があると考えている。例えるなら、前者はマスターコピーのような存在で、後者はダビング用のテープだ。マスターコピーは傷つけたくないから必要な時だけダビング用にコピーをとる。そのコピーから沢山の複製をつくり、必要な細胞を供給しているという。また、これらの2種類の幹細胞のほかに、もう一つの役者を想定している。静的な幹細胞を増殖シグナルや分化シグナルから守る微小環境、「ニッチ」の存在だ。幹細胞は一般的に、単独では幹細胞としての性質を維持できない。つまり周囲のさまざまなシグナルから隔離して眠らせておく「ゆりかご」のような存在が必要なのだ。