帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第五 賀 (百六十八)(百六十九)

2015-04-25 00:37:38 | 古典

          

 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

もとより和歌は秘事となるような裏の意味を孕んでいた。鎌倉時代に歌の家に埋も木となって戦国時代を経て秘伝となり江戸時代には朽ち果てていたのだろう。歌言葉の戯れの中に顕れる「心におかしきところ」が蘇えれば、秘事伝授などに関わりなく、和歌の真髄に触れることができる。


 

拾遺抄 巻第五 賀 五十一首


        (ある藤氏のうぶやに)                      (元輔)

百六十八 きみがへんやほよろづよをかぞふれば  かつがつけふぞなぬかなりける

      (拾遺集では、うぶやの七夜にまかりて、よしのぶ)

(君が経るでしょう八百万世を勘定すれば、わずかに今日で七日でしたなあ……君が経るでしょう八百万夜、お、彼ぞ振れば、やっとこさ、今日ぞ・京ぞ、七日夜でしたなあ)

 

言の心と言の戯れ

「きみ…君…誕生した皇子のこと…男子である」「へん…経るだろう…この世を過ごすでしょう」「やほよろづよ…八百万世…八百万夜」「を…対象を示す…お…おとこ」「かぞふれば…数えれば…勘定すれば…勘案すれば…彼ぞ振れば…彼ぞ降れば」「彼…あれ…おとこの代名詞…男の赤ん坊の小さなもの」「かつがつ…かろうじて・やっと・不満足ながら」「けふ…今日…京…極まり至ったところ」「なぬか…七日…三日夜・五日夜は身内のうぶやしない、七日夜は公の産養いという。祝宴があり、贈り物をしたり、歌を詠んだりする」

 

歌の清げな姿は、誕生七日目の皇子への祝い歌。

心におかしきところは、幼君の子の貴身の将来の八百万夜を勘定し案ずるこころ。


 

「紫式部日記」には、藤原道長の長女彰子中宮の土御門殿(道長邸)での御産の状況が綿密に描写してある。「うしの時(正午ごろ)に、空晴れて朝日差し出でたる心地す、たひらかにおはします嬉しさのたぐいもなきに、をとこにさえおはしましける喜び、いかがはなのめならむ」などとあって、安易に要約したり紹介できるような文章ではないので、先をいそぐ、紫式部も祝い歌を披露したと思われるが、どのような歌を作ったのか、それこそが興味津々なのである。

五日夜は殿(道長)の産養いで、人々も集い、祝宴あり、上達部の歌等がある。女房達、歌のことが心配になり、「女房、さかづきさせ、歌詠め」となった時の為にそれぞれ歌作りをこころみる。紫式部の用意した歌は、

めづらしき光さしそふさかづきは もちながらこそ千代もめぐらめ

(正午の陽光が朝日の如き・珍しき、光射し添う盃は、持ちながらこそ、千代も巡るでしょう……みな愛でる威光・輝きそなわった、栄月は・栄えるつき人をとこは、望月のまま、千夜も巡り合うでしょう)

 

言の心と言の戯れ

「めづらし…珍し…目新しい…愛づらし…すばらしい…好ましい」「光…陽光…威光…男の輝き…光源氏の光はこれ」「さかづき…盃…栄え月…望月」「月…月人壮士…つき人おとこ」「もちながら…持ちながら…望月のまま」「千代…千世…千夜」「めぐらめ…巡るだろう…宴席は続くだろう…望月は続くだろう…満ちたつき人壮子のままめぐり合うだろう」

 

「四条の大納言にさしいでむほど、歌をばさるものにて、こわづかひ、よういひのべじ(公任殿に差し出して、優れた歌かどうか訊ねたい・ほど、歌は、あのようなもの・心におかしきところのあるもので、読みあげる口調が・難しいわ、わたくしは・よう述べないでしょう)」などと、(女達)言い争っている間に、事多くて、夜も更けたからだろうか、(殿は歌をと)指名せず退席された。

このように書かれてあるので、勝手に公任の歌論に照らしてみよう。この栄光が千代にわたって巡り来るようにという心は、深いかどうかは別にして、ある。

歌の清げな姿は、祝杯が大ぜいの人々を巡って行くさま。

心におかしきところは、光り輝くつき人壮子は望月のまま千夜もめぐるでしょう。

 

色好みなところも無難に抑えられた歌のようである。それでも「よういひのべじ(歌は、れいのようなものなので、よう述べんわ)」と言ったのは、若い女房だからである。中宮を取り巻くのは同じ年代の上衆のお嬢様たちであった。

 

 

宰相誠信朝臣の元服し侍りけるによみ侍りける         源順

百六十九 おいぬればおなじ事こそせられけれ 君はちよませ君はちよませ

宰相誠信朝臣が元服したときに詠んだ            (源順・後撰集撰者)

(老いたならば、同じ事を・元服する男子を祝う事を、きっとなさることよ、君は千世健在で、君は千世健在でな……感極まれば、おとこは減退する・同じ事を君もするのだなあ、君は千夜増せ、貴身は千夜増せよ)

 

言の心と言の戯れ

「おい…老い…年齢の極み…ものの極み…感の極み」「おなじ事…他人の子供の元服に立ち会うこと…大人の男たちと同じ事」「けれ…けり…気付き・詠嘆の意を表す」「君…御身…貴身」「ちよ…千世…千夜」「ませ…居ませ…在りませ…増せ」

 

歌の清げな姿は、長生きせよ。

心におかしきところは、長く保て、なをも増して。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。