帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百七十六)(二百七十七)

2015-07-01 00:10:33 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言枕草子女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」と、藤原俊成古来風体躰抄「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」に学んだ。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような江戸時代以来定着してしまった解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

(題不知)                          読人不知

二百七十六 しののめになきこそわたれほととぎす ものおもふやどはしるくや有るらん

(題しらず)                        (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(東の白むときに、鳴き渡るほととぎす、もの思う・ほと伽す、家は目だつだろなあ……しのの女に、我は・泣きこそわたる、ほと伽す・且つ乞う、もの思うや門は、うるんでいるのだろうか)

 

言の心と言の戯れ

「しののめ…東の空…白みはじめる…あやめが戯れるならば『しののめ』も戯れる。偲ぶ女、忍ぶ女、(朝露などに)しっとり濡れた女」「に…時を示す…場所を示す」「なき…鳴き…泣き…亡き」「こぞ…強調…子ぞ…是ぞ…おとこぞ」「わたれ…渡る…ゆき過ぎる」「ほととぎす…郭公…鳥の名…名は戯れる。ほと伽す、おと夜を過ごす」「鳥…言の心は女」「ものおもふ…言い難い事を思う…感極まる」「やど…宿…家…言の心は女…屋門…おんな」「しるく…著しく…目立つ…汁く…潤んで」「や…疑問…感嘆」「らん…らむ…推量する意を表す…事実を詠嘆的に述べる」

 

歌の清げな姿は、ほととぎす鳴く朝の様子。(東の空の白むとき、鳴き渡るほととぎす、昨夜・もの思った家ははっきり知られるだろうか)。

心におかしきところは、和合のありさま。(偲び忍ぶ女に、泣きわたる我が貴身ぞ、ほと伽す・且つ乞う、もの思う屋門は汁だろうかあ)。


 

(題不知)                          読人不知

二百七十七 みなづきのつちさへさけててるひにも わがそでひめやいもにあはずて

(題しらず)                        (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(水無月の・真夏の、土地さえ裂けて照る日にも、我が袖、涙で・乾きはしない、愛しい妻に逢えなくて……真夏の地割れする日ざしにも、吾身の端、干るか・濡れたままよ、愛しい妻に合えずして)

 

言の心と言の戯れ

「みなづき…六月…夏」「さけて…裂けて…割けて」「てるひ…照る日…照る太陽」「そで…袖…衣の袖…心と身の端」「衣…心身」「ひめや…干めや…乾くだろうか・乾きはしない」「や…感嘆、反語を表す」「いも…妻…愛しい女」「あはず…逢わず…合わず」「て…原因・理由を表す…ので…のせいで」

 

歌の清げな姿は、夏の日差しに寄せた、妻恋しい思い。

心におかしきところは、妻乞い歌。おとこの色香は、女の核心を揺り動かせるだろうか。


 

この歌、万葉集巻第十 夏相聞 「寄日」にある。 (よみ人しらず・女の歌のようである)


六月之 地副割而 照日尓毛  吾袖将乾哉 於君不相四手

(みな月の 地割れさえして照る日にも わたしの涙の袖、乾くでしょうか 君に逢わずして……夏の盛りの地割れさえして照る日にも、わたしの身と心の端は、乾くでしょうか、君に合わずして)

 

この女の恋歌は、訪れない男の心と身を呼び戻せるだろうか。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。