帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第八 恋下 (三百十五)(三百十六)

2015-07-24 00:08:19 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任撰「拾遺抄」を、公任の教示した「優れた歌の定義」に従って紐解いている。新撰髄脳に「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」とある。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

清少納言は枕草子で、女の言葉(和歌など言葉)も聞き耳(聞く耳によって意味の)異なるものであるという。藤原俊成古来風躰抄に「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」とある。この言語観に従った。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような、今では定着してしまった国文学的解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。和歌は「秘伝」となって埋もれその真髄は朽ち果てている。蘇らせるには、平安時代の歌論と言語観に帰ることである。


 

拾遺抄 巻第八 恋下 七十四首

 

題不知                          読人も

三百十五 我がごとや雲のなかにもおもふらむ あめもなみだもふりにこそふれ

          題しらず      (よみ人も・男の歌として聞く・拾遺集では人麿)

(恋する・我と同じ如きか、天は・雲の中でも、人々を・思っているのだろう、雨も涙も降り頻る……その時の・我と同じ如きか、心雲の中にも、もの思うのだろう、おとこ雨も、汝身唾も、振りにこそ降る)

 

言の心と言の戯れ

「ごとや…如くや…同じようなのか」「雲…天の雲…心の雲…心のもやもや…広くは煩悩」「おもふ…思う…(恋しく)思う…もの思う…感の極みを思う」「あめ…雨…男雨…おとこ雨」「なみだ…目の涙…汝身唾」「ふりにこそふれ…降りしきる…振りにこそ降る」「ふる…(袖など)振る…振動させる…(雨など)降る……経る…古…古びる」

 

歌の清げな姿は、天は雲の中より人々の生きざまを思って涙雨を降らす。恋に嘆く我のように。

心におかしきところは、我は、心雲の中で、時のおとこ汝身唾の雨を振り降らし、古びる。

 

歌体から、直感的に人麻呂の歌と思える。

 

「伊勢集」巻上に同じ歌がある。次のように聞くのだろう。

(恋する・わたしと同じようね、天は・雲の中でも、人々を・思っているのでしょう、雨も涙もしきりに降る……もの思う・わたしと同じようね、男は・心雲の中にも、もの思うのでしょう、お雨も汝身唾も、振り降りかかる)

 

  詠み人は、人麻呂か伊勢か、公任は「よみ人しらず」とした。誰が作者であろうと、歌の真髄を感じることができれば、それでいい。

 

 

                                    大伴かたみ

三百十六 いそのかみふるともあめにさはらめや あはんといもにいひてしものを

(題しらず)                    (大伴方見・大伴宿祢像見・万葉集に歌がある)

(石上布留、降っても雨のために支障はないだろうか、今日・逢おうと愛しい人に言ったのに……石の上・我が古妻、零しても、おとこ雨にさし障るだろうかな、和合しょうと、愛しい妻に言ったのだがなあ)

 

言の心と言の戯れ

「いそのかみ…石上布留…地名…名は戯れる。女の上、布留から古を連想する、古妻」「いし(石)・いそ(磯)・かみ(上・神)の言の心は女」「あめ…雨…おとこ雨」「に…によって…のために」「さはらめや…支障になるだろうか…さし障りになるだろうか」「あはん…逢おう…合おう…和合しよう」「ものを…のに…のだから…のになあ…のだがなあ」

 

歌の清げな姿は、雨が降っても何が起こっても、心配するのは愛しい女のことばかり。男の純真な恋心。

心におかしきところは、和合を契った古妻への心遣い、お伺い、このおとこやましいことをしたらしい。

 

歌の表と裏の色模様の違いに、何とも言えない味わいがある。

 


  本歌は、万葉集巻第四 「相聞」に「大伴宿祢像見歌一首」とある。


石上 零十方雨二 将關哉 妹似相武登 言義之鬼尾

(石上、こぼれてはいるが、雨に阻止されるかな、吾妹に逢おうと言ったのに……いそのかみ・わが古妻、こぼれるお雨に止められるだろうかな、愛しい妻に、相和合するぞと・一緒に山ばに登ると、言ったのだが)

 

 「零…こぼす…降らしたのではない」「關…関所、難関の関にほぼ同じ…阻止…妨げ…支障」


 
 
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。