帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの平中物語(三十六)さて、この男、その年の秋・(その三)

2013-12-11 00:27:52 | 古典

    



               帯とけの平中物語



 「平中物語」は、平中と呼ばれた平貞文の詠んだ色好みな歌を中心にして、平中の生きざまと人となりが語られてある。

 歌も地の文も、聞き耳によって意味の異なるほど戯れる女の言葉で綴られてあるので、それを紐解けば、物語の帯は自ずから解ける。



 平中物語 (三十六)さて、この男、その年の秋・(その三)


 (
奈良に宿がえした西京極の女と、奇しくも一つ家で再会して、物越しに色好み歌を交していると、日が暮れたのだった)


 女「なほ、ここに立ち寄れかし(いっそ、ここに寄って来てよ……直、ここに、立ち寄れ、樫)」と言ったので、おぼつかなく尋ねわびつることをよろずにいひかたらひける(男は・今まで当ても無く尋ねあぐねたことを、よろず語ったのだった……おとこは・おぼつかなくここを尋ねあぐねたことをよろず言い、堅ら、ひける)


 言の戯れと言の心

「なほ…猶…いっそのこと…やはり…直…すぐ…直立…汝お…君のおとこ」「かし…強く持ちかける言葉…強く念を押す言葉…樫…堅いもの」。

「かたらひける…語らったのだった…情けを交したのだった…堅らひける」「かたら…堅の状態で…片ら…一方的に」「ら…状態を表す」「ひ…ひる…体外に出す」。

 

明けゆけば、仮病してでも、ここに・留まっていたかったけれど、妙に親には従う人で、夜の間、他に離れて居るのさえ、このような旅であっていいものかと思って、同時に嘆きながら、女と情けを交しつつ、どうして留まろうかと、心に思って、明けたので、男「立ち返り、必ず参り来るつもりだ、この度は待っていて、わが志のあるなしを見てください」と言って、親の居る南の屋敷に帰る。そうして遣る(男の歌)、

 朝まだきたつそらもなし白波の 返る間もなく返り来ぬべし

(朝早過ぎて真っ暗、飛び立つ空もない、白波のうち返す間もなく、帰ってくるだろうよ……浅くて未だ絶つ心は真っ暗だ、白汝身のうち返す間もなく、帰って来てしまうだろうよ)。

 

言の戯れと言の心

「しらなみ…白波…白くなっ汝身…果てたわがおとこ」「な…汝…親しき物のこと」。

 

と言ったので、「それでは、どうしましょう。すぐに帰って来てください、遅れれば、えしもたいめんせじ(お逢いできないでしょう……この世では対面できないでしょうよ)」と、

 待つほどに君帰り来て猿沢の 池の心を後に恨むな

(待つ程時を経て、君が帰って来て、猿沢の池の心を、わたくしが身投げした・後に、その時どうして干あがらなかったのかと・恨まないでね……待つ程に、君返り来て、去る女の逝けの心を、後になって、愛しい女の黒髪を池の玉藻と共に見るかなしさよと・後悔しないでね)。

 

言の戯れと言の心

「さるさは…猿沢…池の名…名は戯れる、さる女、そのような女」「沢…女」「いけ…池…女…逝け…死」。昔、猿沢の池に身投げした采女と、その後の、帝の御歌と人麻呂の名歌は「帯とけの大和物語(百五十)」を参照してください。

 

皆、出立して、馬に乗る時に、この男苦しくなって、こんなふうに言うからとて、確かに立ち帰ってくるつもりだからと、言おうかどうかと思ったけれど、そうしては、長居して、少しにしろ遅れると、親の心を、実に慎んで気遣っていたので、女の許へ・行くことはできず、このようなことを言い遣る。
 おほかたはいづちもゆかじ猿沢の 池の心もわが知らなくに

(たいていは、しばらく・何処へも行かないだろう、猿沢の池の心も、何のことか・我は知らないからな……おほ堅は、どこへも逝かないだろう、遠く離れ・去る女の逝けの心も、われは感知しないのだなあ)。


 言の戯れと言の心

 「おほかた…大方…普通は…たいてい…おお堅…大きく堅い」「お…ほ…おとこ」「さるさは…猿沢…そのような女…遠く離れ去る女」「いけ…上の歌に同じ」「なくに…。

 

 かくことばぞや(斯く口伝えか……書く言葉か・これは)。

                           
(第三十六章終り)。

女を離れがたくさせる一夜かぎりの交情である。男は親を京まで送り、とんぼ返りしてきて、女と幸せに暮らしたとさ、という話ではない。

 


 

原文は、小学館 日本古典文学全集 平中物語による。 歌の漢字表記ひらがな表記は、必ずしも同じではない。