帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの平中物語(三十六)さて、この男、その年の秋・(その二)

2013-12-10 00:06:25 | 古典

    



               帯とけの平中物語



 「平中物語」は、平中と呼ばれた平貞文の詠んだ色好みな歌を中心にして、平中の生きざまと人となりが語られてある。

 歌も地の文も、聞き耳によって意味の異なるほど戯れる女の言葉で綴られてあるので、それを紐解けば、物語の帯は自ずから解ける。



 平中物語 (三十六)さて、この男、その年の秋・(その二)


 さて(西京極の女のことは忘れて年月経って)、この男の親(平好風・桓武天皇の曾孫にあたる御方)、お忍びで初瀬(長谷寺)に詣でた。供に、この男も詣でたのだった。「男山越ゆばかり」とある歌を思いだして、「哀れ、そう言った女がいたなあ」と、供の人に話した。そうして、初瀬に詣でたのだった。

帰り来る途中に、あすかもとという辺り(元興寺、猿沢の池、興福寺のある辺り)に、知り合いの大徳(僧)たちも俗人もでてきて、「今日は日も下になった。奈良坂の辺りには人の泊まり宿は無い。今宵は・ここに逗留なさいませ」と言って、門並びに、家二つを一つに造り合わせた、風情のあるところに留めたのだった。それでそこに逗留したのだった。(この奈良は平好風の故郷である。桓武帝以来のゆかりの人々がいた)接待し、一行の人々、もの食って騒がしかったのが静まって、ほぼ夕暮れになったのだった。この男、門の方で、たたずんで見た。この南側の家の門より、北側の家までは、楢の木というのが並べて植えられてあったのだった。「普通ではないなあ、異なる木がなくて、こればかりが」と言って、この北側の家に入って、さし覗いたところ、しとみなど上げて、女たちも多数集まって居る。「あやし」などと、仲間たち集まって、この男の供の人を呼び寄せて、「この、覗いておられる人は、この南に宿って居られるのか」と問う。「そうです」「それで、その人は――」など問えば、この男の名を答えたのだった。とっても大げさに、自分たちであゝびっくりよといい、あはれがりて(しみじみと感激して……懐かしがって)、「わたくし、何時だったか、築地の崩れより一目見たのを忘れないわ」、それを、ほのかに聞いて居て、この男は、「それなるべし(そうに違いない)」と思って、ふしぎなことだなあ、此処というところに、このように宿ったことよと思うと、嬉しくもあり、また、男が迎えて住まわせたのかなどと、あれこれと思い乱れていると、このように言いだした。(女の歌)、
 くやしくぞ奈良へとだにも告げてける たまぼこにだに来ても問はねば

(悔しくてよ、奈良へとまでも告げたわねえ、便り届ける人さえ道を・来て尋ねもしない……くやしいわ、寧楽へ共にとさえ告げたことよ、玉のおこさえ、来て、如何かと・問わないのですもの)。

 

言の戯れと言の心

「なら…奈良…寧楽…京…絶頂」「たまぼこ…玉矛…便り…道…便りを届ける人」「ほこ…矛…おこ…おとこ」。

 

と書いて、差し出したのを見れば、あの「にはさへ荒れて」と言った人の筆跡である。(京の都……感の極み・寧楽)さえ、なまゆかしう(何となく恋しく……生々しくも感じたく)なりゆくので、あはれしうをかしうぞ(哀れで、おかしい人だなあと……あゝと漏らしそうな魅力ある歌だなあと)思えたのだった。さて、硯、乞いだして、このように、(平中)、
 ならの木のならぶ門とは教へねど 名にやおふとぞ宿はかりつる

(楢の木の並ぶ門とは教えなかったけれど、ならという名が付いているぞと、あなたを思い・宿は借りた……あなたが寧楽の気の並べ慣れた門とは教えなかったけれど、わが汝にや、感極まるかと、屋門はかりたのよ)。

 

言の戯れと言の心

「なら…楢…寧楽」「ならぶ…並ぶ…つぎつぎと…かさねる」「かど…門…女」「おふ…負う…おう…ものの極みとなる…感極まる」「宿…やと…屋門…女」。

 

と言ったので、「あな、うちつけのことや(あらまあ、取って付けたようなことねえ)」と言って、また、このように言ったのだった。
 門すぎて初瀬川まで渡れるも わがためにとや君はかこたむ

(わが門すぎて、初瀬川まで渡ったのも、わたしを探し求めるためだとか、君はかこつけるのでしょう……わが門すぎて、初背女の許まで渡ったのも、わたしのためだとか、君は他人のせいにするのでしょ)。


   言の戯れと言の心

   「初瀬川…川の名…名は戯れる。初背女、初めての女」「川…女」。


とあったので、この男、このように、言い入れたのだった。

 「聖徳太子の家とぞ求めける、のどめきてよ(道に迷える哀れな旅人を御救いくださいと・聖徳太子の家を求めたのだ、あなたは和んで・のどかな感じになってよ)」。

 ひろのもの君もやわたりあふとてぞ初瀬川まで我が求めつる

(人は色々のもの、あなたも渡っていて逢えるかもとね、初瀬川まで我が探し求めた……色のもの、あなたこそ、わたり合えるその人かとだ、初背女までも我が探し求めてきた)。

 

言の戯れと言の心

聖徳太子には、一旅人を心より思う歌がある。またその教えの一つは「和をもって貴しとなし、さからうこと無きをむねとせよ」である。

「ひろのもの…いろのもの…色のもの」「ひ…い」「色…色々…様々…色気…色情」「わたりあふ…渡り逢う…渡り合う…対等に対応する…対等に組み合う」。

 

そのように言ううちに、暗くなったのだった。

                               (つづく)



  原文は、小学館 日本古典文学全集 平中物語による。 歌の漢字表記ひらがな表記は、必ずしも同じではない。