帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔百四十三〕むねつぶるゝ物

2011-08-13 06:09:04 | 古典

  



                                 帯とけの枕草子〔百四十三〕むねつぶるゝ物



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言枕草子〔百四十三〕むねつぶるゝ物


 文の清げな姿

 胸どきどきはらはらするもの、競馬を見る。もとどり結ぶ紐よれよれ。親が心地悪いと言って、ただ事ではない気色である。まして、はやり病で・世の中が騒がしいと聞く頃は、万の事、何も考えられない。また、もの言わない幼児が泣きだして、乳も飲まず乳母が抱いても止まず久しい。いつもの所ではない所で、とくにまだ、はっきりと人に知られていない恋人の声を聞きつけたのは当然、他人がその人の身の上話をしているのも、まず胸どきどきする。ひどく憎らしい人がやって来るのもまた胸さわぎ、どきどきする。なんともふしぎに、どきどきはらはらするのは胸である。昨夜初めて来た男が今朝の文の遅いのは、他人のためでさえはらはらする。


 原文

 むねつぶるゝ物、くらべむまみる。もとゆひよる。おやなどの心ちあしとて、れいならぬけしきなる。まして世中などさはがしときこゆるころは、よろづのことおぼえず。又ものいはぬちごの、なきいりて、ちものまず、めのとのいだくにもやまでひさしき。れいの所ならぬ所にて、ことにまたいちぢるからぬ人のこゑきゝつけたるはことはり、こと人などの、そのうへなどいふにも、まづむねこそつぶるれ。いみじうにくき人のきたるにも又つぶる。あやしくつぶれがちなる物はむねこそあれ。よべきはじめたる人の、けさの文のをそきは、人のためにさへつぶる。


 心におかしきところ
 

 胸きゅんとなるもの、親しきむ間見る、もと結び寄る。

おや・おの君や、心地悪いと言って、ただ事ではない気色である。まして、争いなどで・世の中が騒がしいと聞く頃は、万の事、思いも思えない。また、もの言わないおとこが、無き寝入りして、乳もすわず、めの門が、抱きしめても、治らず久しい・胸痛む。

いつもの所ではない所・山ばのすそで、とくにまだ、甚だしくない男の越えを聞きつけたのは当然。別の女人が、そのものの身の上を言うのも、まず胸が痛む。

ひどく憎らしい人がやって来るのも胸くそ悪くてまたどきどきする。なんともふしぎに、つぶれやすいのは胸である。昨夜初めて来た男が今朝の文の遅いのは、他人のためにさえはらはらする。


 言の戯れと言の心

「くらべ…比べ…比較…近しい…親しい」「むま…うま…馬…武間…身間…おとこ」「む…身(上代語)」「間…股間」「見…覯…媾…まぐあい」「もと…元…下…身の下」「ゆひよる…結縒る…結寄る…結び寄りそう」「なきいり…泣き入り…無き寝入り」「やまず…止まず…(病など)治らず」「めのと…乳母…めの門」「め…女」「と…門…女」「いちじるし…甚だしい…いち白し…はなはだ白し」「白…果ての色」「こゑ…声…越え…山ば越え…小枝」「枝…身の枝」。


 

伝授 清原のおうな

聞書 かき人知らず   (2015・9月、改定しました)

   原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。