パパとりの雑記帳

酉年生まれの後期高齢者。健康不安を抱えながら、新聞、TV等からの情報を元に、好奇心に駆られて、近郊の社寺を中心に散策。

勅祭「春日祭(申祭)」

2018年03月14日 | 日記
過日セミナーに参加し、花山院春日大社宮司が講師をされた、「春日祭(申祭)」の詳細の説明を受け、
興味を持ち、3月13日、春日祭(申祭)が斎行されたので拝観に行ってきました。

と言っても、春日祭の行列は末社祓戸神社前で「祓戸の儀」を行った後に本殿に向かいますが、
本殿や回廊内での他の祭事は、一般の者は拝観不可なので、行列や「祓戸の儀」の見物は、二の鳥居に入る前の参道脇までとされています。

ところで、「勅祭春日祭(申祭)」って…
祭祀に際して天皇により勅使が遣わされる勅祭社は
伊勢神宮は別格として全国に十六社ありますが、
特に
春日大社の「春日祭」、
上賀茂神社、下鴨神社の「賀茂祭(葵祭)」、
石清水八幡宮の「石清水祭」は、
「三勅祭」と言われています。
春日祭は、およそ1200年以上続く天皇が代理を出して、宮中が斎行する祭です。
かっては、二千人を超す大行列が京都の御所から奈良に向かったとの記録があります。
現在では、賀茂祭(葵祭)の斎王代の行列で、復元のイメージかと思います…

なお、春日祭は明治維新までは2月・11月の上の「申の日」に行われていたことから申祭とも言われています。


春日祭の始まり

①【1月8日  酒殿祭(さかどのさい)】社醸酒の仕込み開始を神様に報告(伊勢神宮、春日大社のみ酒造が許可されています。)
②【2月8日  竈殿祭(へっついどのさい)】古式神饌を調理する 

春日祭の前儀

①【3月10日 辰の立榊式(たつのたてさかきしき)】一之鳥居に大きな榊を立てます 
②【3月11日 巳の祓式(みのはらえしき)】春日祭奉仕の神職を神木で祓い清めます
③【3月11日 午の御酒式(うまのみきしき)】春日祭奉仕の神職が社醸酒を拝戴し心身の浄化をはかります
④【3月12日 未の砂置式(ひつじのすなおきしき)】清砂を神前に敷きます

春日祭
① 御戸開の儀
② 御神宝奉奠

宮中より天皇陛下の御名代である勅使の参向を仰ぎ
国家の安泰と国民の繁栄を祈る祭礼が始まります。

10時に、勅使は辨代(副使)、奉行代以下を率いて斎館を出発、
③ 祓戸の儀(祓戸神社前) 
  勅使と辨代は中臣の祓いを受けられ古式に則った解縄、人形、散供など贖物により
  自らを祓う
④ 著到の儀(着到殿) を経て回廊内へ参進。 幣殿・直会殿の作合の座につき、
⑤ 御棚奉奠(みたなほうてん) 神饌供進
  勅使自らが最初の御棚神饌を第一殿の神前に運ぶ(勅裁では春日祭のみの作法)。第二殿以下は宮司、神職。
  鯛や鮑等16種の神饌。折櫃に納め、黒文字で作られた御棚の上に据え付ける様子を称している。
⑥ 御幣物奉納(ごへいもつほうのう)
  天皇陛下からの御幣物を、宮司以下神職が神前に御奉納

⑦ 御祭文奏上(ごさいもんそうじょう)
  天皇の宣命、詔にあたる御祭文を勅使が微音にて奏上
⑧ 神馬牽廻(みうまのけんかい)
  朝廷から神馬を奉ったことに由来する儀式。
  左馬寮、右馬寮の官人代が神馬2頭を牽いて時計回りに3度廻

 
⑨ 直会の儀 饗膳(きょうぜん)
⑩ 和舞奉奏(やまとまいほうそう)
鶴と松の模様がある小忌衣(おみごろも)と冠を着けた舞人6人が榊(さかき)を手にし、静かに舞う
⑪ 見参(げざん)の御覧
⑫ 袖の下の作法
⑬ 拝舞(はいぶ) 祭事無事終了に伴いお祝いの褒美が授けられたこと(賜禄:しろく)に対してその有難さを表現した作法
  勅使と辨代は直会殿を出、林檎の庭の作合いの前あたりで行う
  平安時代の作法として唯一春日祭に残っているもの。
  御禄としていただいた真綿を肩に掛けて喜びを表す舞のような拝礼で、勅使と辨代ではさらに作法が異なる。

正午過ぎ祭儀が終了し勅使、辨代、奉行代以下は退下します。
宮司以下神職により、御幣物、御棚神饌の撤饌、御扉を閉じ、御神宝を神庫に納めて
春日祭は終了。


【3月14日 戌の小祭(いぬのこまつり)】境内の摂社、末社に神饌を勧め斎行
 



一之鳥居


 
辰の立榊式によって鳥居の左右に立てられた大きな榊、ただし、
春日大社では古くから榊の代わりに神事には、
「梛(なぎ)」が神聖な木として用いられています

 
二之鳥居


  
斎館から浄められた砂の敷かれた参道へ

  
唐櫃に入った御幣物、神馬も行列に続きます



   
衣冠束帯の装束 (黒・「勅使」 赤・「辨代」)

  
二之鳥居を潜って祓戸神社前へ

  
祓戸神社前に着座

   
お祓の作法が行われているようです

  
下襲(したがさね)の裾が展ばされ、正装のいでたちに
(屋外で活動する際には、石帯に下襲の裾を挟んで
邪魔にならないようにしていたそうです。)

   
祓戸の儀を終えて参道を先ず着到殿、そして本殿に向かって進んで行かれます
(一般の拝観者はここまで)


この後、東大寺二月堂の「お水取り・日中行法」を拝観し帰路、
春日大社一之鳥居に差し掛かると…

 


春日祭は終わり、駒札も「勅使御参向 春日祭 三月十三日午前十時斎行」から
「平成三十年 御創建千二百五十年 春日大社」と変わり、
左右の鳥居に立てられていた大榊の右側が外されていました。
若宮おん祭の際も同様に祭礼が終わると一本の榊に代わります…。


3月10日辰の立榊式から祭礼の斎行中掲げられていた駒札(写真重複)



「平成30年御創建1250年」特別ご朱印




(参考)
◯三勅祭で奏上される御祭文の用紙は鳥の子でその色は…
 春日祭  黄色
 葵 祭  紅(くれない)色
 石清水祭 黄色
 別格の伊勢神宮 縹(はなだ)色

◯御幣物(平安朝の延喜式の定めのまま)
 五色の絁(あしぎぬ:絹織物) 一丈二尺 *五色(青・赤・黄・白・黒)
 糸(絹糸)          一綛(かせ)
 曝布(さらし:麻布)      一反
 木綿(ゆう) 一斤
 麻 一斤

 

あくまで似たものと推測した写真ですが…
(2015.11.20橿原神宮勅使館特別公開で撮ったレプリカ?)

御祭文

 
御幣物         柳 筥(やないばこ) に納められた五色の絁 
唐櫃の中の御幣物は、柳筥に納められているようです。 


おまけ…
「袖の下の作法」 
直会殿で行われる「見参」は、外記代により、春日祭にご奉仕をされた証の位階と氏の記名を勅使が確認される儀式で、
記名された見参は辨代へと授けられ、辨代のご確認の後は、「装束の袖の下を通して見参を渡す作法」で
「袖の下」の語源と言われています。
袂(たもと)に隠すようにしてそっと渡すことから、今では「賄賂」として良い意味として使われていませんが…。

ブログには、春日大社HP、「宮司が語る御由緒三十話 ー 春日大社のすべて」、セミナー資料等を参考にしました。
付け焼刃の知識ゆえ、記載内容に間違いがあるかもしれません。

アーモンド開花!

2018年03月14日 | 日記
連日の4月中旬並みの暖かさに膨らみかけていたアーモンドの蕾が一気に開花しました。
花は70〜80%程度の開花ですが…昨年は咲かなかったので嬉しさも倍増です。
アングルはことなりますが…恥ずかしそうな開花ですよ!
時系列も加味してみました。