毎年、8月21日から25日まで滋賀県下坂本「東南寺」で「戸津説法」が行われています。
天台宗(総本山・延暦寺)の高僧が5日間にわたって法華経を講説する伝統行事で、重要な行事の一つとされ、
天台座主への登竜門とされています。
「戸津説法のしおり」
いただいた、「しおり」によると
『戸津説法は、宗祖伝教大師が比叡山の守護神山王権現の顕彰のためと、
母君妙徳夫人、父君三津首の回向のために、比叡山山麓に東南寺を建立され、
追善追福のために「法華経」を講義し、更には地元の善男善女のために
正法を教化する目的で説法がはじめられたと伝えられています。』
戸津とは東南寺のある、下坂本の地名に因んでいます。
このあたりは「戸津(富津)、今津、志津」といわれ、そこから総称して「三津浜」と呼ばれていました。
大津市唐崎1丁目の唐崎神社付近から、下阪本6丁目の大宮川辺りまでの約2kmほどの浜の古名です。
また、御津浜とも書くことから、成務天皇の高穴穂宮の津(港)があったともいわれています。
戦国時代には明智光秀により、坂本城が建てられ場所でもあります。
説法の行われている本堂は僧侶、関係者で埋め尽くされていました。
本堂正面
ご本尊は「釈迦如来・阿弥陀如来」 山門から見た本堂側面
鐘楼と宝塔 (「坂本城の二の丸跡」と言われています。)
積み上げられた石仏群 地蔵菩薩像
坂本城落城のときに討死した
城主の明智一族とその家来たちの供養塔(首塚)もあるそうですが…
境内は聴聞参拝者用のテントが張られ写真は撮れませんでした。
「三十三間堂仏教文化講座」一行は、バスでご案内頂きました。
記念色紙「忘己利他」
(伝教大師の「山家学生式」の言葉)
今年の説法師は
「神奈川教区圓満寺 西郊良光住職」
今回の聴聞は、「三十三間堂仏教文化講座」の案内で参加させて頂きました。
戸津説法の日程・内容について
第一日目 8月21日 開闢 「法華経」の概要と開経である「無量義経」の説法
第二日目 22日 「法華経」一の巻から四の巻までの説法
第三日目 23日 中日 「法華経」五の巻から七の巻までの説法と施餓鬼法要
午 後 地蔵盆で「地蔵経」を中心とした説法
第四日目 24日 「法華経」八の巻、「観世音菩薩品第二十五」を中心とした説法
第五日目 25日 結願 結経の「観府県菩薩行法経」についての説法、続いて放生会
聴聞した説法の内容は第二日目です。
「法華経」一の巻から四の巻までの主要点と、師が訪問された東南アジアでの諸事情、
韓国の天台宗等宗教事情について交えての話はとても分かり易く、また興味を抱きました。
とりわけ、タイの「プラテイープ財団」の活動の話は、より多くの日本人にも届けないと…。
タイ北方民族、集落の教育支援活動のことは素晴らしい。
女性が教育を受ける権利を訴え続け、史上最年少のノーベル平和賞受賞者となった
16歳の少女、マララ・ユスフザイは世界に衝撃を与えました。また、
TV番組で見た映像ですが、山や谷を越え20Kmの道を通学する子供達の姿も衝撃的でしたが…
タイでの就職と学歴差別、スラム街生活を余儀なくされる子供達…貧しい地域の子どもや青年たちに
教育の機会を与え、健全な生活を送るために技術や職業訓練を促進する活動を行っている
「プラテイープ財団」と支援される師の活動と「一隅を照らす」運動を関連させ、さらりと話される
実践家ならではと感動しました。
最近はあまり耳目に届きませんが、TV番組で「学校を建てる…」のを見たことがありましたが、
日本のNPO団体でカンボジアに学校を建て続けているところもあるようです。
タイのこの財団では「寄宿舎」を建て通学難の子供達に教育環境の支援を進められているとか。
師の話された財団を少し調べてみました。
「プラティープ財団」は、スラムの救済を目的に設立された財団で、数多くの事業に取り組んでいます。この中、教育里親プログラムでは、スラム地域の子どもたち約2,000人に学資援助をする一方、これまで地方農村部の貧しい子どもたちに対して奨学金を授給して来ました。
しかし、その資金援助の中心であったフランスとスウェーデンによる支援契約が1995年12月末日で満期となり、 事業の存続にかかわる問題となりました。この時のプラティープ財団の調査では、幼稚園児538名、小学生104名、中学生28名、高杖生5名、専門学校生11名、大学生3名の計689名が直接影響を受けたということです。
この教育里親プログラムのほか、財団では青少年、保護者、地域社会の教育と開発を目指して様々な事業を展開しています。
主な事業としては、麻薬中毒に苦しむ青少年を中心とするスラム青少年の更生と自立を目指すニューライフ・プロジェクト(男女それぞれの施設を運営)、高齢者福祉プログラム、スラム児童芸術振興プログラム、女性開発プログラム、スラム地区託児センター事業、エイズ対策プログラムなどで、中でも青少年の自立を目指すニューライフ・プロジェクトには1988年以来、天台宗並びに一隅を照らす運動総本部が援助を続けています。
タイの南部チュンポーン県にあるニューライフ・プロジェクトの施設には、首都バンコクのスラム地域に生まれ、恵まれない家庭環境ゆえにストリート・チルドレンとなった子どもや、麻薬・シンナーなど非行に走った子どもたちを収容し、集団生活の中で更生に導くと共に、農園実習や職業訓練を通じて社会復帰を目指し、多くの青少年が生活しています。
そしてこれまでに施設を巣立った青少年のほとんどが立派に社会復帰し、活躍しています。
この施設には、比叡山延暦寺から援助された「ともしびの館」が建設されていて、毎年視察団が訪問して青少年との交流を重ねています。
1996年には、念願であった、非行に走ったり、麻薬中毒に犯された9~20歳の少女達の更生施設をカンチャナブリ県に開設。少女達が自分自身の行き方を見つけ、社会に適応できる人間に育てることに心血を注いでおられます。
ところで…財団の名称ですが社会福祉活動家の「プラテイープ女史」によるもので、女史は日本人の社会福祉活動家「秦辰也」氏と結婚されています。
戸津説法から脱線してしまいましたが、戦後72年経ち世界に並び立つ国となれたのは「教育」に恵まれたお陰であろう思われますが、日本では、当たり前の教育が、まだまだ環境が与えられない国もあることを再認識しました。
天台宗と「一隅を照らす運動」総本部で展開されている活動に、今一度認識を新たにしました。
難しい教義は教義として、教義を実践することにより学ばなければならないものがあると痛感し、
「説法聴聞」の私の成果といたします。
天台宗(総本山・延暦寺)の高僧が5日間にわたって法華経を講説する伝統行事で、重要な行事の一つとされ、
天台座主への登竜門とされています。
「戸津説法のしおり」
いただいた、「しおり」によると
『戸津説法は、宗祖伝教大師が比叡山の守護神山王権現の顕彰のためと、
母君妙徳夫人、父君三津首の回向のために、比叡山山麓に東南寺を建立され、
追善追福のために「法華経」を講義し、更には地元の善男善女のために
正法を教化する目的で説法がはじめられたと伝えられています。』
戸津とは東南寺のある、下坂本の地名に因んでいます。
このあたりは「戸津(富津)、今津、志津」といわれ、そこから総称して「三津浜」と呼ばれていました。
大津市唐崎1丁目の唐崎神社付近から、下阪本6丁目の大宮川辺りまでの約2kmほどの浜の古名です。
また、御津浜とも書くことから、成務天皇の高穴穂宮の津(港)があったともいわれています。
戦国時代には明智光秀により、坂本城が建てられ場所でもあります。
説法の行われている本堂は僧侶、関係者で埋め尽くされていました。
本堂正面
ご本尊は「釈迦如来・阿弥陀如来」 山門から見た本堂側面
鐘楼と宝塔 (「坂本城の二の丸跡」と言われています。)
積み上げられた石仏群 地蔵菩薩像
坂本城落城のときに討死した
城主の明智一族とその家来たちの供養塔(首塚)もあるそうですが…
境内は聴聞参拝者用のテントが張られ写真は撮れませんでした。
「三十三間堂仏教文化講座」一行は、バスでご案内頂きました。
記念色紙「忘己利他」
(伝教大師の「山家学生式」の言葉)
今年の説法師は
「神奈川教区圓満寺 西郊良光住職」
今回の聴聞は、「三十三間堂仏教文化講座」の案内で参加させて頂きました。
戸津説法の日程・内容について
第一日目 8月21日 開闢 「法華経」の概要と開経である「無量義経」の説法
第二日目 22日 「法華経」一の巻から四の巻までの説法
第三日目 23日 中日 「法華経」五の巻から七の巻までの説法と施餓鬼法要
午 後 地蔵盆で「地蔵経」を中心とした説法
第四日目 24日 「法華経」八の巻、「観世音菩薩品第二十五」を中心とした説法
第五日目 25日 結願 結経の「観府県菩薩行法経」についての説法、続いて放生会
聴聞した説法の内容は第二日目です。
「法華経」一の巻から四の巻までの主要点と、師が訪問された東南アジアでの諸事情、
韓国の天台宗等宗教事情について交えての話はとても分かり易く、また興味を抱きました。
とりわけ、タイの「プラテイープ財団」の活動の話は、より多くの日本人にも届けないと…。
タイ北方民族、集落の教育支援活動のことは素晴らしい。
女性が教育を受ける権利を訴え続け、史上最年少のノーベル平和賞受賞者となった
16歳の少女、マララ・ユスフザイは世界に衝撃を与えました。また、
TV番組で見た映像ですが、山や谷を越え20Kmの道を通学する子供達の姿も衝撃的でしたが…
タイでの就職と学歴差別、スラム街生活を余儀なくされる子供達…貧しい地域の子どもや青年たちに
教育の機会を与え、健全な生活を送るために技術や職業訓練を促進する活動を行っている
「プラテイープ財団」と支援される師の活動と「一隅を照らす」運動を関連させ、さらりと話される
実践家ならではと感動しました。
最近はあまり耳目に届きませんが、TV番組で「学校を建てる…」のを見たことがありましたが、
日本のNPO団体でカンボジアに学校を建て続けているところもあるようです。
タイのこの財団では「寄宿舎」を建て通学難の子供達に教育環境の支援を進められているとか。
師の話された財団を少し調べてみました。
「プラティープ財団」は、スラムの救済を目的に設立された財団で、数多くの事業に取り組んでいます。この中、教育里親プログラムでは、スラム地域の子どもたち約2,000人に学資援助をする一方、これまで地方農村部の貧しい子どもたちに対して奨学金を授給して来ました。
しかし、その資金援助の中心であったフランスとスウェーデンによる支援契約が1995年12月末日で満期となり、 事業の存続にかかわる問題となりました。この時のプラティープ財団の調査では、幼稚園児538名、小学生104名、中学生28名、高杖生5名、専門学校生11名、大学生3名の計689名が直接影響を受けたということです。
この教育里親プログラムのほか、財団では青少年、保護者、地域社会の教育と開発を目指して様々な事業を展開しています。
主な事業としては、麻薬中毒に苦しむ青少年を中心とするスラム青少年の更生と自立を目指すニューライフ・プロジェクト(男女それぞれの施設を運営)、高齢者福祉プログラム、スラム児童芸術振興プログラム、女性開発プログラム、スラム地区託児センター事業、エイズ対策プログラムなどで、中でも青少年の自立を目指すニューライフ・プロジェクトには1988年以来、天台宗並びに一隅を照らす運動総本部が援助を続けています。
タイの南部チュンポーン県にあるニューライフ・プロジェクトの施設には、首都バンコクのスラム地域に生まれ、恵まれない家庭環境ゆえにストリート・チルドレンとなった子どもや、麻薬・シンナーなど非行に走った子どもたちを収容し、集団生活の中で更生に導くと共に、農園実習や職業訓練を通じて社会復帰を目指し、多くの青少年が生活しています。
そしてこれまでに施設を巣立った青少年のほとんどが立派に社会復帰し、活躍しています。
この施設には、比叡山延暦寺から援助された「ともしびの館」が建設されていて、毎年視察団が訪問して青少年との交流を重ねています。
1996年には、念願であった、非行に走ったり、麻薬中毒に犯された9~20歳の少女達の更生施設をカンチャナブリ県に開設。少女達が自分自身の行き方を見つけ、社会に適応できる人間に育てることに心血を注いでおられます。
ところで…財団の名称ですが社会福祉活動家の「プラテイープ女史」によるもので、女史は日本人の社会福祉活動家「秦辰也」氏と結婚されています。
戸津説法から脱線してしまいましたが、戦後72年経ち世界に並び立つ国となれたのは「教育」に恵まれたお陰であろう思われますが、日本では、当たり前の教育が、まだまだ環境が与えられない国もあることを再認識しました。
天台宗と「一隅を照らす運動」総本部で展開されている活動に、今一度認識を新たにしました。
難しい教義は教義として、教義を実践することにより学ばなければならないものがあると痛感し、
「説法聴聞」の私の成果といたします。