アメリカの「核の傘」無効化を狙う中国
元自衛隊統幕学校副校長
元海将補
川村純彦
(かわむら・すみひこ)
1936年生まれ。防衛大学校卒業後、海上自衛隊に入隊。対潜哨戒機パイロットや、在米日本大使館駐在武官などを歴任。現在、NPO法人岡崎研究所副理事長や日本戦略研究フォーラム理事を務める。
台湾で初の直接選挙による総統選が行われた1996年、台湾の民主化を阻止したい中国は、台湾周辺の海域にミサイルを発射して脅しました。このとき、台湾を支援するアメリカが2隻の空母を送ることを決めると、中国は「アメリカ本土に核ミサイルを撃つ」と威嚇。核戦力でも中国を圧倒していたアメリカは無視し、中国はそれ以上、台湾に手出しできませんでした。
このときの"反省"から、中国はアメリカに対抗するための新しい戦略を作り、軍備拡大を続けてきました。その戦略は大きく二つ。一つは、米軍を中国本土に近づけないこと。二つ目は、核抑止力の強化です。
アメリカを近寄らせない戦略
一つ目の戦略は、接近阻止・領域拒否(Anti-Access / Area Denial略してA2/AD)戦略と呼ばれます。まずは小笠原諸島とサイパンを結ぶ「第二列島線」より中国側の海域への米軍の接近を阻止し、さらには、沖縄や台湾を結ぶ「第一列島線」より内側の海域で米軍を拒否する、A2/AD戦略の完成を目指しています。具体的には、ミサイルや潜水艦、戦闘機を配備して、その領域に入った米軍を攻撃できる体制です。
二つ目の戦略として、アメリカ全土を狙える射程1万キロメートル以上の核ミサイルを積んだ原子力潜水艦の配備も目指しています。水中から発射する核ミサイルは、相手から攻撃されにくいからです。中国近海でミサイル潜水艦を安全に隠せる深さがあるのは、南シナ海だけ。南シナ海に軍事施設を造るのは、潜水艦を守るためでもあります。
中国は、一つひとつの行動を戦争にまで発展させないように抑えつつ、少しずつ既成事実を積み重ねています。サラミ・ソーセージのように薄く切り取るという意味で、サラミ・スライス戦術と呼ばれます。
台湾は日本にとって重要
日米両国は、有事になれば第一列島線内に中国を封じ込める能力があります。しかし、台湾が中国に取り込まれれば、そこから突破され、シーレーンも危険にさらされます。台湾は日本の安全保障上極めて重要な存在なのです。
今回の安倍政権での集団的自衛権の見直しで、「密接な関係にある他国」を守ることも集団的自衛権の行使として認められます。対中戦略の強化の面からも、これは台湾にも当てはめるべきと考えます。
もし中国が、南シナ海にミサイル潜水艦を配備して、かつて台湾に対して行ったように日本を脅してきたとき、アメリカが、本土を核攻撃される危険を冒してまで守ってくれるかは疑問です。中国の核への対策を、核保有という選択肢を含めて、真剣に議論すべき時が来ているのではないでしょうか。(談)