東洋経済オンライン
習近平中国主席が訪米し、南シナ海について強い口調で中国の領土だと主張してから1カ月もたたないが、米国はこの問題について従来より一段と強い姿勢を取るようになった。
そのことを示す最初の衝撃的な発言は、TPPの交渉が妥結した10月5日、オバマ大統領が行なった「中国のような国に世界経済のルールを書かせることはできない。われわれがルールを書き、米国製品の新たな市場を開くべきだ」との声明だった。
これは通常の国家間ではまずありえない強い言葉であり、それほど批判するなら、どうしてわずか2週間前に、中国の指導者を米国の国賓として受け入れたのと聞きたくなるほどだ。
その後オバマ大統領は、訪米した韓国の朴槿恵大統領にも、中国が国際法に違反した場合には声を上げるべきだと迫ったそうだ。オバマ大統領の姿勢には並々ならぬ決意がうかがわれる。
10月8日付英国紙「Financial Times」は、米高官の内話として、米艦船が2週間以内に、中国が埋め立てた南沙諸島から12カイリ以内に立ち入る予定であると報じた。南沙諸島で中国が埋め立てと滑走路を建設しているのは、ファイアリークロス(中国名・永暑)礁、スービ(中国名・渚碧)礁およびミスチーフ(中国名・美済)礁などの岩礁だ。
米国はかねてから中国の埋め立て工事を認めないと明言している。
その考えを単純に適用すれば、米艦が12カイリ以内に立ち入ることは何ら問題ないはずだが、実際には、米国は自制していた。
争い(の拡大)はできるだけ避けたいからであり、カーター国防長官が許可を求めてもオバマ大統領はなかなか首を縦に振らなかった。しかし、最近ついにゴーサインを出したのだ。
このFinancial Times紙の報道を契機に緊張が走った。特に、中国系の各紙は英紙の記事を引用して大きく報道し、中国としては防衛の準備は怠りないとする解説記事を載せる一方、米国に対しては緊張を高めるようなことをすべきでないと批判した。
ブリンケン米国務次官補が訪中し、8日に国務委員の楊潔篪および解放軍総參謀長の房峰輝と会談したのも、当然南シナ海の問題と関係があると推測されるが、12カイリ内への立ち入りに関してどのような話し合いがあったのか、明らかにされていない。
1990年代の中葉、台湾の総統選挙の際にも、米国務省の担当次官補が訪中して中国軍の指導者(その時は副総参謀長であった)と話し合ったことがあった。そのとき中国側は核の使用までちらつかせたことが後で漏れてきたが、今回はその時と大違いで、報道に対するコントロールは非常に厳格だ。
米艦は、はたして人工島の12カイリ以内に立ち入るか。米国は非常に強い姿勢であり、必要ならば実力の行使も辞さない決意の下に立ち入ろうとしている印象さえあるが、私は、米艦は立ち入るが武力衝突にならないと思う。
カギは、「人工島から12カイリ内に立ち入る」ことの国際法的解釈にあり、米国は中国と、武力でなく、国際法で勝負しようとしていると思う。
米国は公海上の自由通航を非常に重視しており、今回の立ち入りもその例だ。一方、中国は埋め立てて作った島は中国の領土で、そこから12カイリは中国の領海だという考えだ。
米国はこの中国の立場に同調しているわけではないが、仮に、中国の考えに立っても米艦は中国の領海内を通航できるという判断だろう。どこの国の領海においてもいわゆる「無害通航」が認められているからだ。
軍用船でも構わない。それは「無害」でなければならず、たとえば軍事行動を行なうことは認められないが、米艦の立ち入りは「無害通航」の要件を満たす。
つまり、米艦による12カイリ内への立ち入りは、米国としては「公海上の自由通航」であり、他方、中国の立場に立つと「無害通航」となる性質のものであるが、どちらであっても認められるはずである、というのが米国の読みなのだろう。
中国は他国の軍用船が中国の領海内を通航するには中国政府の許可が必要(領海法第6条)としている。これは国際法に違反している規定であり、それに従うことはできないというのが米国の考えだ。これは米国一国だけの解釈でなく、日本を含む大多数の国の立場だ。
一方、中国の軍用船は他国の領海を通過する際、その政府の許可を得ていない可能性がある。習近平主席の訪米の直前、中国の艦船が日本海でロシア海軍と共同演習を行なった後、ベーリング海の米国の領海内を通航した。
中国艦船の航行は国際法に従って行われ、問題になる行動はなかったと米国防総省も認めた経緯がある。その際、中国の艦船が米国政府の許可を取っていたか不明だ。
しかし、中国の艦船は以前から沖縄の付近で、日本政府に許可を求めることなく、日本の領海内を通航している。そこまでは国際法上問題ないとしても、潜水艦が2回に1回くらいは潜航したまま通航している。
これでは「無害通航」の要件を満たすことはできない。
もちろん、米艦の12カイリ内への立ち入りは法的に問題ないとしても、強い政治的な意味合いがある。米国は当然そのことを承知のうえで強い姿勢を見せている。
米国は一定の抑制も利かせている。ブリンケン米国務次官補が、楊潔篪国務委員と房峰輝解放軍総参謀長に対して説明したのは米国の法的な考えだったとしても、事前説明すること自体政治的な意味があり、米国としては余計なトラブルは避けたいという考えも伝わると踏んでいたと思われる。
しかし、米国が南シナ海について異例に強い姿勢で臨んでいることは疑う余地がない。南シナ海について米中の考えはあまりにもかけ離れている。
中国は南シナ海全域について、中国の領域だと主張している。いわゆる「九段線」で囲まれる海域だ。
一方、米国は多国間の領土紛争については関与しないことを原則としているが、南シナ海についてはよく研究している。2014年12月に発表された米国務省の海洋国際環境科学局の報告書は、中国の主張は、主張自体の不明確さ、根拠となる文献の欠如などの理由で国際法に合致しないと断定している。
同報告書には、政治的に特定国の主張に加担するのではないという趣旨の断りがついているが、違法か否かの判断は大きな意味がある。
国務省の記者ブリーフでは、これまでの米国政府の「第三国間の領土紛争においていずれかの国に加担することはしない」という方針と一貫していないのではないかという質問が出たのに対し、報道官の回答はしどろもどろであった。
ともかく、中国の、南シナ海のほぼ全域を「古来中国の領域だ」という主張も、他国との領土紛争を国際的なルールによって解決せず「地域内の国同士の話し合いで解決する」という主張も、また、公海上の自由通航の権利を持つ米国を排除しようとすることも、明らかな国際法違反だ。
しかも、中国が一方的な主張をするだけでなく、埋め立てなどの実力行使まで断行するのであれば、米国を含む関係国との衝突は避けがたくなる。
これは米国として最も恐れていることであり、中国に対し国際法に従うよう求めるのは当然だ。中国がこの問題の深刻さを理解するまで、強く要求し続けなければならない。