永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1265)

2013年06月11日 | Weblog
2013. 6/11    1265

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その57

「所もかはらず、その頃のありさまと思ひあはするに、たがふ節なければ、まことにそれとたづね出でたらむ、いとあさましき心地もすべきかな、いかでかはたしかに聞くべき、おりたちてたづねありかむも、かたくなしなどや人言ひなさむ、またかの宮も、聞きつけ給へらむには、かならず思し出でて、思ひ入りにけむ道もさまたげ給ひてむかし…」
――(薫はお心の内で)場所もおなじ宇治で、当時の事情を思い合わせると、全く矛盾する所がないので、本当にそれが浮舟だと分かったならば、実に情けなく呆れた思いだ。どうしたら確かな事が聞けるだろうか。自分の足でじかに探しまわるのは見ぐるしく愚かしいと、噂の種にもなりかねない。また、あの兵部卿の宮(匂宮)もこのことを聞きつけられたなら、必ず昔の事を思い出されて、折角浮舟が求めて入った仏道の邪魔もなさることだろう…――

 さらに、

「さて、さなのたまひそ、など聞え置き給ひければや、われには、さることなむ聞きし、と、さるめづらしきことを聞し召しながら、のたまはせぬにやありけむ、宮もかかづらひ給ふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、やがて失せにしものと、思ひなしてをやみなむ…」
――そうして、中宮に、薫には何も仰いますな、などと申して置かれたために、私には、これこれの噂があるが、と、そんな珍しい事件をお耳にされながらおっしゃらないのであろうか。もし匂宮も浮舟に執心しておられるならば、自分とて深く愛しているけれども、もうもう、あのまま死んでしまったものと思って、きっぱりと諦めてしまおう――

 そしてまた、

「うつし人になりて、末の世には、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風のまぎれもありなむ、わがものに取り返し見むの心はまたつかはじ、など思ひ乱れて、なほのたまはずやあらむ、と思へど、御けしのゆかしければ、大宮に、さるべきついで作り出でてぞ啓し給ふ」
――浮舟がこの世に生きて居てくれたなら、来世は黄泉のほとりで逢うことぐらいは、どうかした風の吹きまわしで、自然話し合う機会もあるだろう。わが物として手許に取り返して世話をしようなどとの気持ちは今更抱くまい…、などとあれこれ思い悩んだ末に、お尋ねしてもやはりおっしゃっては下さるまいと思いもしますが、明石中宮の御意向もうかがいたいので、さるべき機会をつくって、中宮にお話申し上げます――

「『あさましうてうしなひ侍りぬ、と思う給へし人、世に落ちあふれてあるやうに、人のまねび侍りしかな。いかでかさることは侍らむ、と思ひ給ふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることは侍らずや、と思ひわたり侍る人のありさまに侍れば、人の語り侍りしやうにては、さるやうもや侍らむ、と似つかはしく思う給へらるる』とて、今少し聞え出で給ふ」
――(薫は)「ひどい死に方をさせてしまったと存じておりました人が、この世に落ちぶれて生きているとか、噂に言う人がおりました。まさかそのようなことがあろうはずが無いとは存じましたが、自分から人騒がせにも投身までして、世を棄てることなどあるまいに、と思いつづけてきました、あれのことでございます。人が噂した様子では、なるほどそんなこともありましょうかと、どうもあれのような気がいたします」と前置きをして、もう少し事情を細かく申し上げます――

では6/13に。