永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1269)

2013年06月19日 | Weblog
2013. 6/19    1269

五十四帖 【夢浮橋(ゆめのうきはし)の巻】 その3

「『かしこに侍る尼どもの、初瀬に願侍りて、詣でて帰りける道に、宇治の院といふ所にとどまりて侍りけるに、母の尼の労気にはかにおこりて、いたくなむわづらふ、と告げに、人のまうで来たりしかば、まかり向かひたりしに、先づあやしきことなむ』とささめきて、『親の死にかへるをばさしおきて、持てあつかひ歎きてなむ侍りし。この人も亡くなり給へるさまながら、さすがに息は通ひておはしければ、昔物語に、魂殿に置きたりけむ人のたとひを思ひ出でて、さやうなることにや、とめづらしがり侍りて、弟子ばらの中に験ある者どもを呼び寄せつつ、かはりかがりに加持せさせなどなむし侍りける……』」
――(僧都は)「その小野に住んでおります母尼や妹尼が、初瀬に願がございまして、詣でて帰るその道中の宇治の院という所に泊まりました。そこで、母の尼が急に旅の疲れが出て大そう苦しんでいると、私のもとに使いが知らせてきましたので、急いで出向きましたところ、まあ早々に変なことがありまして…」と声をひそめて、「(妹尼が)母親が死に瀕しているのも差し置いて、その方の介抱に大騒ぎをしております。その人は亡くなられたも同然の有様ながら、どうやら息は通っておいでなので、昔物語に、魂殿に置いてあった人が生き返ったという話のあることを思い出して、万一そのようなこともあろうかと、弟子たちの中で法力のある者たちを呼び寄せて、代わる代わる加持させたりしていました…」――

 つづけて、

「『なにがしは、惜しむべき齢ならねど、母の旅の空にて病おもきを、助けて念仏をも心乱れずせさせむ、と、仏を念じたてまつり思う給へし程に、その人のありさま、くはしくも見給へずなむ侍りし。ことの心おしはかり思ひ給ふるに、天狗木霊などやうものの、あざむき率てたてまつりたりけるにや、となむ承りし……』」
――「拙者としては、年に不足のない母ではありますが、旅の空で重く患っていますのを、何とか助けて、念仏なども一心に唱えさせようと仏に念じておりました折のことで、その方の様子を細かくも見ずにしまいました。事情を推し量ってみますと、天狗とか木霊(こだま)とかいったものが、たぶらかして連れ出したのではないかというように存じた次第でございます」――

 さらに、

「『助けて京にお連れもうしてからも、三月ばかりは亡き人にてなむものし給ひけるを、なにがしが妹、故衛門の督の北の方にて侍りしが、尼になりて侍るなむ、一人もちて侍りし女子をうしなひてのち、月日は多く隔て侍りしかど、悲しび堪えず歎き思ひ給へ侍るに、おなじ年の程と見ゆる人の、かく容貌いとうるはしくきよらなるを見出でたてまつりて、観音の賜へる、とよろこび思ひて、この人いたづらになしたてまつらじ、と惑ひ焦られて、泣く泣くいみじきことどもを申されしかば……』」
――お助けして京におつれしてからも三か月ほどは、まるで死んだ人のようだったそうでございますが、たまたま私の妹で、故衛門の督の妻で、今は尼になっておりますのが、一人娘に先立たれて、もう久しく年月がたちますのに、いまだ悲しみも覚めやらず、歎き続けておりましたところ、同じ年ごろのこのようなみめ麗しい御方を見出だしましたので、初瀬の観音様がお授けくださったとばかり喜びまして、この方をまた死なせまいと、身も世もなく歎き悲しんで、泣く泣く私のところに訴えてまいりましたので……」――

◆労気(ろうけ)=所労、病気
◆魂殿(たまどの)に置きたりけむ人=古物語に魂殿に置いた死骸が動きだした話があったらしい。但し、その物語は未詳。

では6/21に。