永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1064)

2012年02月03日 | Weblog
2012. 2/3     1064

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(35)

「乳母、人げの例ならぬを、あやし、と思ひて、あなたなる屏風をおしあけて来たり。『これはいかなることにか侍らむ。あやしきわざにも侍るかな』ときこゆれど、はばかり給ふことにもあらず。かくうちつけなる御しわざなれど、言の葉多かる御本性なれば、何やかやとのたまふに、暮れ果てぬれど、『誰とか聞かざらむほどはゆるさじ』とてならなれしく臥し給ふに、宮なりけり、と思ひはつるに、乳母、いはむかたなくあきれて居たり」
――その時、常陸の守からきた乳母は、なにやらただならぬ人の気配がするのを不審に思って、あちらの方の屏風を開けて入って来ました。「これは何ということでございましょう。怪しからぬことではございませんか」と申し上げますが、匂宮としては、これしきのこと、遠慮することでもない。こうした軽々しいお振舞いではありますが、お口上手なご性分なので、あれこれおっしゃるうちに日も暮れてしまいましたが、「誰であるか名を言わない内は放さない」と、馴ら馴れしくも添い臥しておしまいになります。浮舟はようやく、匂宮であったかと気づき、乳母も、もう言葉もなく、ただただ呆れ果てています――

その時、大殿油を灯籠に灯して、侍女が「上は(中の君)、お髪も洗い終えられて、今お戻りになります」という声がします。

「御前ならぬ方の御格子どもぞおろすなる。こなたは離れたる方にしなして、高き棚厨子一具立て、屏風の袋に入れこめたる、所々に寄せかけ、何かのあららかなるさまにし放ちたり」
――中の君のお部屋でない所の御格子を次々と降ろして来るようです。こちらの浮舟の所は母屋からかけ離れていて、背の高い棚厨子が一そろいと、その他に袋に納めた屏風など、あちこちに寄せかけてあり、何やら乱雑に取り散らかしてあります――

「かく人のものし給へばとて、通う道の障子一間ばかりぞあけたるを、右近とて、大輔のむすめのさぶらふ来て、格子おろしてここに寄り来なり。『あな暗や、まだ大殿油も参らざりけり。御格子を、苦しきに、いそぎまゐりて、闇に惑ふよ』とて引き上ぐるに、宮も、なま苦しと聞き給ふ」
――このように客人(浮舟)が泊っていられるので、母屋との行き来に、障子を一間ほど開けています。右近といって大輔の娘で、こちらにお仕えしている者が、格子を降ろしながらこちらに寄ってきて、「まあ、暗いこと。まだ大殿油も灯して差し上げなかったのですね。骨がおれますのに急いで降ろして暗闇にまごつくことよ」と言って、御格子をまた引き上げますので、匂宮は困った事だとお聞きになります――

「乳母はた、いと苦し、と思ひて、ものづつみせずはやりかにおぞき人にて、『物きこえ侍らむ。ここに、いとあやしきことのはべるに、見給へ困じてなむ、動き侍らでなむ』『何ごとぞ』とて探り寄るに、袿姿なる男の、いとかうばしくて添ひ臥し給へるを、例のけしからぬ御様と思ひ寄りにけり」
――乳母もまた、困った事だと思いますが、この右近は無遠慮で、気の早い勝気な娘ですので、乳母が「いえね、ここに怪しからぬことがございまして、見守り疲れて、そのため身動きができないのです」と言います。右近が「どうなさったのですか」といって手探りで近寄りますと、くつろいだ袿姿の男が、たいそうよい匂いを漂わせて、姫君に添い臥していますので、また例の、匂宮の怪しからぬ御振る舞いと、気が付いたのでした――

では2/5に。