永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1063)

2012年02月01日 | Weblog
2012. 2/1     1063

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(34)

 匂宮が、

「中の程なる障子の、細めにあきたるより見給へば、障子のあなたに、一尺ばかり引き離けて、屏風立てたり。そのつまに、几帳簾に添へて立てたり。帷子一重をうちかけて、紫苑色のはなやかなるに、女郎花の織物と見ゆるかさなりて、袖口さし出でたり」
――中ほどにある障子の細めに開いている透き間から御覧になりますと、障子のむこうに、一尺ばかり離して屏風が立ててあります。その端には几帳が御簾に添えてあり、帷子が一枚だけ掛けてあって、その陰に紫苑色(しおんいろ)のはなやかな袿に、女郎花(おみなえし)の織物らしい上着を重ねた袖口が流れ出ています――

「屏風の一枚畳まれたるより、心にもあらで見ゆるなめり。今参りのくちをしからぬなめり、とおぼして、この廂に通ふ障子を、いとみそかにおしあけ給ひて、やをら歩み給ふも、人知らず」
――屏風の一枚が畳まれていますので、(あちらはそれと気づかないようでも)こちらからは、はっきりと見えるのでした。匂宮が、新参の女房の相当の身分の者であろうとお思いになって、この廂の間へ通う障子をそっと開けて、静かに足音を忍ばせてお近づきになるのを、誰一人気づく者がおりません――

「こなたの廊の中の壺前栽の、いとをかしう色々に咲きみだれたるに、遣水のわたり石高き程、いとをかしければ、端近く添ひ臥してながむるなりけり。あきたる障子を、今すこしおしあけて、屏風のつまよりのぞき給ふに、宮とは思ひもかけず、例こなたに来馴れ足る人にやあらむ、と思ひて、起き上がりたる様体、いとをかしう見ゆるに、例の御心はすぐし給はで、衣の裾をとらへ給ひて、こなたの障子は引きたて給ひて、屏風の間に居給ひぬ」
――こちらの廊の壺前栽(つぼせんざい)がまことに趣き深く、折からさまざまの花々が咲きみだれて、遣水のあたりに高く積んだ石などもたいそう風情がありますので、その人は縁先近くに出て物に寄り添って眺めているところでした。匂宮が開いている障子を少し押し開けて、屏風の端から覗かれますと、相手は匂宮とは思いもよらず、いつもこちらに出入りしている人であろうと思って起き上がった姿かたちが、まことに美しく見えます。匂宮は例のように、好色心が動いて、そのままお見過ごしにはなれず、着物の裾を捉えて、開けて入られた襖はお閉めになって、屏風との間にお座りになります――


「あやし、と思ひて、扇をさし隠して、見かへりたる様いとをかし。扇を持たせながら、とらへ給ひて、『誰ぞ、名のりこそゆかしけれ』とのたまふに、むくつけくなりぬ」
――おや、おかしいこと、と思って、顔を扇でさし隠しながら振り返った女の様子は、まことに艶めかしい。匂宮が扇をかざしているその手を捉えて、「誰だ、名前が知りたいですね」とおっしゃるので、浮舟は思いがけないできごとに、気味悪くなるのでした――

「さるもののつらに、顔を外ざまにもてかくして、いといたう忍び給へれば、このただならずほのめかし給ふらむ大将にや、かうばしきけはひなども、思ひわたさるるに、いとはづかしくせむかたなし」
――(匂宮は)そのような屏風の端で、見られないように顔を背けて隠れ忍んでおいでになります。(浮舟は)あの並々ならず想いを仄めかされていらっしゃるとかいう薫大将かしら、と、良い匂いがするのも、それらしく思われますが、どうしてよいものか分からず、恥かしさは言いようもないのでした――

◆紫苑色(しおんいろ)=紫苑の花のようなやや青みの薄紫。平安貴族に最も好まれた色。
     日本の伝統色

◆女郎花(おみなえし)色=女郎花の黄色い粉をまき散らしたような、明るい緑みの黄色。日本の伝統色

◆みそかに=密かに=ひそか、と同じ。こっそりと。

では2/3に。