永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(938)

2011年05月09日 | Weblog
2011. 5/9     938

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(20)

「何くれと御物語きこえ交わし給ひて、夕つ方、宮は内裏へ参り給はむとて、御車の装束して、人々多く参り集まりなどすれば、立ち出で給ひて、対の御方へ参り給へり」
――(匂宮と)お二人で何くれとなく御物語なさって、夕方になりますと、匂宮は内裏に参内なさることとて、御車を仕立てられます。お供の人々が大勢集まって来たりしますので、薫はお暇をして、対の御方(中の君のお部屋)に参上なさいました――

「山里のけはひひきかへて、御簾の内心にくく住みなして、をかしげなる童の、透き影ほの見ゆるして、御消息きこえ給へれば、御しとねさし出でて、昔の心知れる人なるべし、出で来て御返りきこゆ」
――(こちらのお部屋は)宇治の山里の風情とはうって変って、御簾の内も奥ゆかしげに、行き届いた御設備がされています。薫が愛らしい女童で御簾越しにほの見えるのをお召しになって、中の君にご挨拶を取り次がせますと、内から御しとね(円座)を差し出し、山里の昔を知っている侍女でしょうか、出て来て中の君のお返事を薫にお伝えになります――

 薫が、

「朝夕のへだてもあるまじう思ふ給へらるる程ながら、その事となくてきこえさせむも、なかなかなれなれしき咎めや、とつつみ侍る程に、世の中かはりにたる心地のみぞし侍るや。御前の梢も霞へだてて見侍るに、あはれなること多くもはべるかな」
――(こちらとは)朝夕の間もおかずにお目にかかれそうな近さにおりまして、これという用事もありませんのにお訪ねしますのも、いかにも馴れ馴れしいとのお咎めを受けようかとご遠慮申しておりますうちに、あなた様はじめ世間がまるで変わってしまったような気がいたしますよ。こちらのお庭前の梢が、私のところからも霞をへだてて見えますので、なつかしさがこみ上げてきてなりません――

 と、申し上げ、物思いにふけっていらっしゃるご様子が、いかにもお気の毒で、中の君はお心の中で、

「げにおはせましかば、おぼつかなからず往きかへり、かたみに花の色、鳥の声をも、折につけつつ、すこし心ゆきて過ぐしつべかりける世を」
――(なるほど姉君が)生きておられて薫と結婚しておられたならば、自分もこだわりなく往来し、お互いに花の色や鳥の声を折々めでては、少しは気持ちも晴れ晴れとして過ごせただろうに――

 と、今ではもう致し方のないことを思い出されては、

「ひたぶるに耐へこもり給へりしすまひの心細さよりも、飽かず悲しうくちをしきことぞ、いとどまさりける」
――ただただ引き籠って過ごされた山里の暮らしの心細さよりも、(なまじ何不自由のない今の生活の方が、ひとしお切なく)亡き姉君を恋しくも口惜しくもお偲び申すのでした――

では5/11に。