永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(936)

2011年05月05日 | Weblog
2011. 5/5     936

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(18)

「中納言は、三條の宮に、この廿余日の程に渡り給はむとて、このごろは日々におはしつつ見給ふに、この院近き程なれば、けはひも聞かむ、とて、夜更くるまでおはしけるに、たてまつれ給へる御前の人々帰り参りて、ありさまなど語りきこゆ」
――薫中納言は、新築中の三條の宮に、この二十日過ぎにお移りになるおつもりで、この頃は毎日お出かけになって、工事の様子を検分していらっしゃいます。匂宮の二條院とは程近いので、この日も中の君の御到着のご様子だけでも、ほのかに知ろうとなさって、夜の更けるまで三條の宮においでになりますと、薫がお引越しのために中の君に差し上げられた御前駆の人々が帰参して、一部始終ご報告申し上げます――

「いみじう御心に入りてもてなし給ふなるを聞き給ふにも、かつはうれしきものから、さすがに、わが心ながらをこがましく、胸うちつぶれて、『物にもがなや』と返す返すひとりごたれて」
――(匂宮が)大そう熱心にお世話しておられる由をお聞きなさるにつけても、薫は一方では嬉しく思われるものの、やはり自分ながら馬鹿馬鹿しくも愚かしいと胸のつぶれる思いで、「取り返せるものならばなあ」とついつい繰り言をおっしゃっては――

(歌)「しなてるやにほの湖に漕ぐ船のまほなられどもあひ見しものを」
――実際に契り交わしたわけではないけれど、自分こそ中の君とかりそめに共寝をした仲だったのに――

 と、妬ましさに愚痴を言いたくもなるのでした。

 さて、

「左の大殿は、六の君を宮に奉り給はむこと、この月に、とおぼし定めたりけるに、かくおもひのほかの人を、この程より前に、おぼし顔にかしづきすゑ給ひて、離れおはすれば、いとものしげにおぼしたり、と聞き給ふも、いとほしければ、御文は時々奉り給ふ」
――左大臣の夕霧は、この二月に六の君を匂宮にさしあげることにしようと、心に決めておいでになりましたが、宮がこのように思いがけない方を、先を越してと言わぬばかりのお顔つきで、二条の院にお迎えになり大切に据えられて、六の君から遠ざかっておられるので、不快に思われているご様子です。匂宮もそれをお気の毒に思われて、六の君に御文だけは時々差し上げていらっしゃいます――

「御裳着のこと、世に響きていそぎ給へるを、延べ給はむも人わらへなるべければ、廿日あまりに着せたてまつり給ふ」
――(六の君の)裳着の儀を、左大臣家では世間でも評判になるほど立派に美々しく準備なさったので、今更延期するのもみっともなく、世間の物笑いになることなので、二十日過ぎにお着せになったのでした――

◆「物にもがなや」=古歌「取り返す物にもがやな世の中をありしながらのわが身と思はむ」

◆しなてるやにほの湖(みずうみ)に漕ぐ船の……=ここまでが「まほ」の序詞

◆御裳着(おんもぎ)=女性の成人式。この儀を終え結婚可能を表明。年齢には幅があった。裳着の儀に夫となる人に腰結いをしてもらい、すぐ結婚の儀になることもある。六の君の場合、そのような段取りになる予定だったようで、(世間では匂宮との結婚が公然だったので)非常に気まずい成り行きになった。

では5/7に。