2011. 5/7 937
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(19)
夕霧は、
「おなじゆかりにめづらげなくとも、この中納言をよそ人に口をしきに、さもやなしてまし、年頃人知れぬものに思ひけむ人をもなくなして、もの心細くながめ居給ふなるを、などおぼし寄りて、さるべき人してけしきとらせ給ひけれど」
――(匂宮へ不首尾ならば)薫と六の君とは同族の点で、特にめづらしげはないとしても、この薫を他家の婿として譲るのが残念さに、いっそのこと薫をうちの婿にしてしまおうか。薫は聞くところによると、年来、内心妻と定めていた人(大君)を喪って、心細く沈んでいるということだから、などと思いつかれて、しかるべき人を介して薫の意向を伺ってごらんになったところ」
「『世のはかなさを目に近く見しに、いと心憂く、身もゆゆしう覚ゆれば、いかにもいかにもさやうのありさまはもの憂くなむ』と、すさまじげなる由聞き給ひて、『いかでか、この君さへ、あふなあふな言出づることを、もの憂くはもてなすべきぞ』とうらみ給ひけれど、親しき御中らひながらも、人ざまのいと心はづかしげにものし給へば、え強ひてしもきこえ動かし給はざりけり」
――(薫のお返事は)「世のはかなさを目のあたりにしましたのも、まことに悲しく、かつはこの身も不吉に思われますので、何としてもそのような結婚などということには気が進みませんので…」と、取りつくしまもない御返事です。そのことをお聞きになって夕霧は「どうしてなのか。この薫までも、こちらが分相応なこととして言い出しているのを、気が進まぬように振る舞うわけがあるとは」と、たいそうお恨みにはなりましたが、親しい御仲とはいいながら、この薫はどことなく人柄に一目おくところがありますので、強いておすすめ申すことはお出来にならないのでした――
さて、
花ざかりの頃、薫が二条院の桜をながめておられますと、何よりも先ず、主人のいない宇治の山里のことがお心に浮かんで、あの桜も今頃は惜しむ人もいないまま散っているのでは、などとやるせない思いを抱きつつ、匂宮の御許に参上なさいました。
「ここがちにおはしましつきて、いとやう住み馴れ給ひにたれば、めやすのわざや、と見たてまつるものから、例の、いかにぞや覚ゆる心の添ひたるぞ、あやしきや。されど実の御心ばへは、いとあはれにうしろやすくぞ、思ひきこえ給ひける」
――(匂宮は)近頃はたいてい二條院に落ち着いておられ、中の君とたいそう仲睦まじくお暮らしのご様子なので、それは結構なこととはお思いになるものの、例によって、心穏やかでない焦りが出てくるのも困ったことです。まあしかし、薫の実直なお心としては、こうした中の君の後見人となられた身にとっては、安泰なご日常を嬉しくも思っていらっしゃるのでした――
◆あふなあふな=身の程にしたがって。分相応に。「あぶなあぶな」と読んで、恐る恐るの意にも。
◆さもやなしてまし=さ・も・や・なして・まし=いっそのことこうしてしまおうか(六の君の婿に)
◆ここがちにおはしましつきて=この二條院にすっかり落ち着かれて(匂宮は本来、御所にお部屋を持っていらっしゃるが、祖母の紫の上に可愛がられた頃から二条院を外部の宿にしている)
◆めやすのわざや=見た目には安心
では5/9に。
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(19)
夕霧は、
「おなじゆかりにめづらげなくとも、この中納言をよそ人に口をしきに、さもやなしてまし、年頃人知れぬものに思ひけむ人をもなくなして、もの心細くながめ居給ふなるを、などおぼし寄りて、さるべき人してけしきとらせ給ひけれど」
――(匂宮へ不首尾ならば)薫と六の君とは同族の点で、特にめづらしげはないとしても、この薫を他家の婿として譲るのが残念さに、いっそのこと薫をうちの婿にしてしまおうか。薫は聞くところによると、年来、内心妻と定めていた人(大君)を喪って、心細く沈んでいるということだから、などと思いつかれて、しかるべき人を介して薫の意向を伺ってごらんになったところ」
「『世のはかなさを目に近く見しに、いと心憂く、身もゆゆしう覚ゆれば、いかにもいかにもさやうのありさまはもの憂くなむ』と、すさまじげなる由聞き給ひて、『いかでか、この君さへ、あふなあふな言出づることを、もの憂くはもてなすべきぞ』とうらみ給ひけれど、親しき御中らひながらも、人ざまのいと心はづかしげにものし給へば、え強ひてしもきこえ動かし給はざりけり」
――(薫のお返事は)「世のはかなさを目のあたりにしましたのも、まことに悲しく、かつはこの身も不吉に思われますので、何としてもそのような結婚などということには気が進みませんので…」と、取りつくしまもない御返事です。そのことをお聞きになって夕霧は「どうしてなのか。この薫までも、こちらが分相応なこととして言い出しているのを、気が進まぬように振る舞うわけがあるとは」と、たいそうお恨みにはなりましたが、親しい御仲とはいいながら、この薫はどことなく人柄に一目おくところがありますので、強いておすすめ申すことはお出来にならないのでした――
さて、
花ざかりの頃、薫が二条院の桜をながめておられますと、何よりも先ず、主人のいない宇治の山里のことがお心に浮かんで、あの桜も今頃は惜しむ人もいないまま散っているのでは、などとやるせない思いを抱きつつ、匂宮の御許に参上なさいました。
「ここがちにおはしましつきて、いとやう住み馴れ給ひにたれば、めやすのわざや、と見たてまつるものから、例の、いかにぞや覚ゆる心の添ひたるぞ、あやしきや。されど実の御心ばへは、いとあはれにうしろやすくぞ、思ひきこえ給ひける」
――(匂宮は)近頃はたいてい二條院に落ち着いておられ、中の君とたいそう仲睦まじくお暮らしのご様子なので、それは結構なこととはお思いになるものの、例によって、心穏やかでない焦りが出てくるのも困ったことです。まあしかし、薫の実直なお心としては、こうした中の君の後見人となられた身にとっては、安泰なご日常を嬉しくも思っていらっしゃるのでした――
◆あふなあふな=身の程にしたがって。分相応に。「あぶなあぶな」と読んで、恐る恐るの意にも。
◆さもやなしてまし=さ・も・や・なして・まし=いっそのことこうしてしまおうか(六の君の婿に)
◆ここがちにおはしましつきて=この二條院にすっかり落ち着かれて(匂宮は本来、御所にお部屋を持っていらっしゃるが、祖母の紫の上に可愛がられた頃から二条院を外部の宿にしている)
◆めやすのわざや=見た目には安心
では5/9に。