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【澪標(みおつくし】の巻 その(11)
源氏は、明石の御方のことは夢にもご存じなくて、その夜は、神のお喜びになるであろうことの限りを尽くして、神事を行います。源氏はもちろんのこと、明石の浦までお供をし、辛苦を共にしたものは、特に神の御徳をしみじみ有り難く思うのでした。
惟光から明石の御方の船が、この賑やかさに気圧されて立ち去ったことをお聞きになった源氏は、
「知らざりけるよ。神の御しるべを思い出づるも疎かならねば、いささかなる消息をだにして心なぐさめばや、なかなかに思ふらむかし、と思す」
――知らなかったことよ。これも神のお導きだと思われれば、良い加減には出来ない。どうにかして居場所を見つけて慰めねば。なまじこの日に巡り合って悲しく思っていることだろうとお思いになります――
源氏はうたを託し、
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
――身を尽くして恋い慕う甲斐があって、ここまでも来て巡り合った二人の縁は深いことだ――
明石の御方のうた
「数ならではにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
――数ならぬ身とて、何事にも甲斐無い私ですのに、なぜ、あなたのような身分の高い方を深く思うようになったのでしょう――
神事のお帰りの道中は、遊女などと戯れ遊ぶ供びと達をよそ目に見て、源氏は疎ましく思われます。
明石の御方は
「かの人は過ぐし聞えて、またの日ぞよろしかりければ、幣帛(みてぐら)奉り、程につけたる願どもなど、かつがつはたしける」
――源氏と入れ替わって、次の日に幣帛を捧げて願ほどきなど、お参りをどうにか果たしたのでした――
明石の御方は、源氏は頼もしそうに自分を数の中にお入れくださるようですが、さあどうでしょう、このふるさとを離れてもっと心細いことになるのではと、明け暮れ口惜しい身の上を嘆いております。
明石入道は、そのように姫君を都へ差し出して、母と子が離ればなれになることは、ひどく心配であり、かといって、このまま二人とも田舎に埋もれてしまっては、と、源氏に明石の御方をお逢わせしなかった以前の、あの時以上に気が揉めるのでした。
「まことや」
――そうそう――、
御代が替わり、かの伊勢の斎宮もお役目を終えられて、六條御息所と京にお帰りになりました。
ではまた。
【澪標(みおつくし】の巻 その(11)
源氏は、明石の御方のことは夢にもご存じなくて、その夜は、神のお喜びになるであろうことの限りを尽くして、神事を行います。源氏はもちろんのこと、明石の浦までお供をし、辛苦を共にしたものは、特に神の御徳をしみじみ有り難く思うのでした。
惟光から明石の御方の船が、この賑やかさに気圧されて立ち去ったことをお聞きになった源氏は、
「知らざりけるよ。神の御しるべを思い出づるも疎かならねば、いささかなる消息をだにして心なぐさめばや、なかなかに思ふらむかし、と思す」
――知らなかったことよ。これも神のお導きだと思われれば、良い加減には出来ない。どうにかして居場所を見つけて慰めねば。なまじこの日に巡り合って悲しく思っていることだろうとお思いになります――
源氏はうたを託し、
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
――身を尽くして恋い慕う甲斐があって、ここまでも来て巡り合った二人の縁は深いことだ――
明石の御方のうた
「数ならではにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
――数ならぬ身とて、何事にも甲斐無い私ですのに、なぜ、あなたのような身分の高い方を深く思うようになったのでしょう――
神事のお帰りの道中は、遊女などと戯れ遊ぶ供びと達をよそ目に見て、源氏は疎ましく思われます。
明石の御方は
「かの人は過ぐし聞えて、またの日ぞよろしかりければ、幣帛(みてぐら)奉り、程につけたる願どもなど、かつがつはたしける」
――源氏と入れ替わって、次の日に幣帛を捧げて願ほどきなど、お参りをどうにか果たしたのでした――
明石の御方は、源氏は頼もしそうに自分を数の中にお入れくださるようですが、さあどうでしょう、このふるさとを離れてもっと心細いことになるのではと、明け暮れ口惜しい身の上を嘆いております。
明石入道は、そのように姫君を都へ差し出して、母と子が離ればなれになることは、ひどく心配であり、かといって、このまま二人とも田舎に埋もれてしまっては、と、源氏に明石の御方をお逢わせしなかった以前の、あの時以上に気が揉めるのでした。
「まことや」
――そうそう――、
御代が替わり、かの伊勢の斎宮もお役目を終えられて、六條御息所と京にお帰りになりました。
ではまた。