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【澪標(みおつくし】の巻 その(7)
添えられている御文には、いろいろのなかに、「わたしは直ぐにでもそちらへいきたいものです。やはりこのままでは置けないので、上京なさる準備をしてください。あなたを心細い思いにおさせしませんから…」とありました。
入道は嬉し泣きも例のごとくで、生きていた甲斐があったものだと思うのももっともなことです。
明石の御方からのお文も細々とありました中で
「……げに後やあすく思ふ給へ置くわざもがな」
――……仰せのとおり、姫君については安心のゆくように、お取り計らいくださいませ――
源氏はごらんになって、あわれなことよと、独り言をおっしゃっていますのを、紫の上はそちらを横目でみられて
「『浦よりをちに漕ぐ船の』と忍びやかにひとりごちながめ給ふを……」
――(三熊野の浦よりをちに漕ぐ船のわれをばよそに隔てつるかな)私をお隔てになるのですね、とそっと独り言のように言って遠く目をやっておりますと、
「『まことはかくまでとりなし給ふよ。こはただばかりのあはれぞや。所のさまなどうち思ひやる時々、来しかたのこと忘れがたき独り言を、ようこそ聞き過ぐい給わね』など、うらみ聞え給ひて、上包ばかりを見せ奉らせ給ふ。」
――「真実これほどまでお疑いになることよ。これはただ、これだけの感情なのですよ。明石の浦の風情を思い出す時々に、その頃のことを忘れ兼ねて、ひとり言も洩れるのですが、よくも聞き捨てになさらないのですね。」とお恨みになりながら、明石の御方から来ました文の上包だけをお見せになります――
手蹟(て)などたいそう深みがあって、歴とした方も恥じ入るようなのを、紫の上は見やって、
こういう具合だからこそ、明石の御方をないがしろにはおできにならないのだとお思いになります。
ではまた。
【澪標(みおつくし】の巻 その(7)
添えられている御文には、いろいろのなかに、「わたしは直ぐにでもそちらへいきたいものです。やはりこのままでは置けないので、上京なさる準備をしてください。あなたを心細い思いにおさせしませんから…」とありました。
入道は嬉し泣きも例のごとくで、生きていた甲斐があったものだと思うのももっともなことです。
明石の御方からのお文も細々とありました中で
「……げに後やあすく思ふ給へ置くわざもがな」
――……仰せのとおり、姫君については安心のゆくように、お取り計らいくださいませ――
源氏はごらんになって、あわれなことよと、独り言をおっしゃっていますのを、紫の上はそちらを横目でみられて
「『浦よりをちに漕ぐ船の』と忍びやかにひとりごちながめ給ふを……」
――(三熊野の浦よりをちに漕ぐ船のわれをばよそに隔てつるかな)私をお隔てになるのですね、とそっと独り言のように言って遠く目をやっておりますと、
「『まことはかくまでとりなし給ふよ。こはただばかりのあはれぞや。所のさまなどうち思ひやる時々、来しかたのこと忘れがたき独り言を、ようこそ聞き過ぐい給わね』など、うらみ聞え給ひて、上包ばかりを見せ奉らせ給ふ。」
――「真実これほどまでお疑いになることよ。これはただ、これだけの感情なのですよ。明石の浦の風情を思い出す時々に、その頃のことを忘れ兼ねて、ひとり言も洩れるのですが、よくも聞き捨てになさらないのですね。」とお恨みになりながら、明石の御方から来ました文の上包だけをお見せになります――
手蹟(て)などたいそう深みがあって、歴とした方も恥じ入るようなのを、紫の上は見やって、
こういう具合だからこそ、明石の御方をないがしろにはおできにならないのだとお思いになります。
ではまた。