『Show The BLACKⅡ イウ コエ オト』
※ネタバレは伏せ字になっとります。
すーーーーごいおもしろかったです。
ぐりはもともと暗闇にいるとコーフンしてくるとゆー「暗闇フェチ」・・・とまでいうと言い過ぎだけど(笑)、暗闇で自然に五感が鋭くなってくる感覚が楽しくて好きです。ジェームズ・タレルとか池田亮司の暗闇を使った作品なんかも、「暗くてほとんどなんにもみえない」とゆーだけで大好きだったりする(爆)。
この舞台『Show The BLACKⅡ イウ コエ オト』も全編ほぼ真っ暗。観るでしょ。観るしかないでしょー。大体、大川興業の舞台なんか初めて?ネのに、「暗闇」ってだけで速攻ネット予約しちまいましたよー。
すいませんマニアックで。
ホントに暗かったです。どのくらい暗いかって目の前に手を出しても見えないんだよね。ぜんぜん。まるっきり。ここまで暗くするのも大変だろう、ってくらい真っ暗。辛うじて客席監視用の暗視カメラの赤いランプがみえるから、自分が目を閉じてはいないってことがわかる程度。「がんばって見ようとすれば見えてくるかも」と思って上演中必死で目を見開いてたんだけど、残念ながらダメでした(笑)。額とこめかみの筋肉がムダに疲れただけ(爆)。まだちょっとアタマ痛いです。
なんでこの舞台が暗闇かっつーと、主人公が視覚障害者だから。彼の感覚を観客にも共有させる、という演出なんだよね。
だからただ暗いだけじゃなくて、舞台ではちゃんと役者が演技してる。喋ってるだけじゃなくて、身体をつかって演技してるのが、見えなくても「わかる」のだ。まさにライブ感覚ってこういうのをいうんだろうなあ。ぐりはこういう「体感型アート」も実は大好きです。
それだけに主人公の葛藤や恐怖や孤独が非常に効果的に響いてくる。ストーリー自体はけっこう強引というか、ところどころで「んなムチャな」とも思えるくらい力技でねじ伏せちゃうとこがあるんだけど、役者に真っ暗闇で七転八倒しながら絶叫されたらなんかもう「それはそれでいいや」という気分になってしまう(笑)。そういうところも「ライブ」だからこそ通用する表現だなと思いました。
主人公は臓器移植を受けて以来、食べ物の好みや趣味や性格に起きた変化を「ドナーの人格転移」ではないかと思い始めて苦悩するんだけど、このへんの話は去年観た舞台『琥珀』にも出てきましたねー。
今回の主人公は目が見えないのに移植を受けてボクシングがやりたくなる。いうまでもなくボクシングは視力が命だから周囲は猛反対するんだけど、本人はあくまでも本気。と同時に、本来の自分をそこまで圧倒的に凌駕していく自分の中の「無言の他者」の存在の大きさを畏れ、やがて自分を見失い、孤独になっていく。
彼は最初、自分は目が見えないから孤独なんだと思ってるわけだけど、実際はそうじゃない。人間は元来孤独な生き物だ。生まれるときもひとりだし、死ぬときもひとり。自分が自分じゃなくなっていくのが怖いのも、臓器移植を受けたからじゃない。人は生きている限りどんどん変わっていくし、時の流れとともに前進せざるを得ないとき、変わらざるを得ないときがある。彼の場合はそれがたまたま「視覚障害」「臓器移植」という「かたち」になっていただけのことなのだ。
最後に彼はそういう現実を受け入れ、運命に立ち向かう決心をする。その“姿”はやはりとても感動的でした。
大川興業なんでギャグも満載で大爆笑。途中の「ホモセクハラコント」はちょっとびみょーだったけど(汗)。つーかコレ笑ってええんかな?とゆー意味で。
東京での最終公演だったので終演後に出演者とスタッフの紹介があったんだけど、そこも真っ暗闇で出演者は役名でのトークでした。クライマックスの試合シーンのライトも顔はわからない照明になってたし、徹底してたね。
※ネタバレは伏せ字になっとります。
すーーーーごいおもしろかったです。
ぐりはもともと暗闇にいるとコーフンしてくるとゆー「暗闇フェチ」・・・とまでいうと言い過ぎだけど(笑)、暗闇で自然に五感が鋭くなってくる感覚が楽しくて好きです。ジェームズ・タレルとか池田亮司の暗闇を使った作品なんかも、「暗くてほとんどなんにもみえない」とゆーだけで大好きだったりする(爆)。
この舞台『Show The BLACKⅡ イウ コエ オト』も全編ほぼ真っ暗。観るでしょ。観るしかないでしょー。大体、大川興業の舞台なんか初めて?ネのに、「暗闇」ってだけで速攻ネット予約しちまいましたよー。
すいませんマニアックで。
ホントに暗かったです。どのくらい暗いかって目の前に手を出しても見えないんだよね。ぜんぜん。まるっきり。ここまで暗くするのも大変だろう、ってくらい真っ暗。辛うじて客席監視用の暗視カメラの赤いランプがみえるから、自分が目を閉じてはいないってことがわかる程度。「がんばって見ようとすれば見えてくるかも」と思って上演中必死で目を見開いてたんだけど、残念ながらダメでした(笑)。額とこめかみの筋肉がムダに疲れただけ(爆)。まだちょっとアタマ痛いです。
なんでこの舞台が暗闇かっつーと、主人公が視覚障害者だから。彼の感覚を観客にも共有させる、という演出なんだよね。
だからただ暗いだけじゃなくて、舞台ではちゃんと役者が演技してる。喋ってるだけじゃなくて、身体をつかって演技してるのが、見えなくても「わかる」のだ。まさにライブ感覚ってこういうのをいうんだろうなあ。ぐりはこういう「体感型アート」も実は大好きです。
それだけに主人公の葛藤や恐怖や孤独が非常に効果的に響いてくる。ストーリー自体はけっこう強引というか、ところどころで「んなムチャな」とも思えるくらい力技でねじ伏せちゃうとこがあるんだけど、役者に真っ暗闇で七転八倒しながら絶叫されたらなんかもう「それはそれでいいや」という気分になってしまう(笑)。そういうところも「ライブ」だからこそ通用する表現だなと思いました。
主人公は臓器移植を受けて以来、食べ物の好みや趣味や性格に起きた変化を「ドナーの人格転移」ではないかと思い始めて苦悩するんだけど、このへんの話は去年観た舞台『琥珀』にも出てきましたねー。
今回の主人公は目が見えないのに移植を受けてボクシングがやりたくなる。いうまでもなくボクシングは視力が命だから周囲は猛反対するんだけど、本人はあくまでも本気。と同時に、本来の自分をそこまで圧倒的に凌駕していく自分の中の「無言の他者」の存在の大きさを畏れ、やがて自分を見失い、孤独になっていく。
彼は最初、自分は目が見えないから孤独なんだと思ってるわけだけど、実際はそうじゃない。人間は元来孤独な生き物だ。生まれるときもひとりだし、死ぬときもひとり。自分が自分じゃなくなっていくのが怖いのも、臓器移植を受けたからじゃない。人は生きている限りどんどん変わっていくし、時の流れとともに前進せざるを得ないとき、変わらざるを得ないときがある。彼の場合はそれがたまたま「視覚障害」「臓器移植」という「かたち」になっていただけのことなのだ。
最後に彼はそういう現実を受け入れ、運命に立ち向かう決心をする。その“姿”はやはりとても感動的でした。
大川興業なんでギャグも満載で大爆笑。途中の「ホモセクハラコント」はちょっとびみょーだったけど(汗)。つーかコレ笑ってええんかな?とゆー意味で。
東京での最終公演だったので終演後に出演者とスタッフの紹介があったんだけど、そこも真っ暗闇で出演者は役名でのトークでした。クライマックスの試合シーンのライトも顔はわからない照明になってたし、徹底してたね。