富士山は最高の環境で私達を迎えてくれていました!
中央が頂上で、遥か左に7合目と8合目の山小屋が観えます。
無風・晴天・高気温。
ぽかぽかしていますが乾燥しているので汗も殆どかきません。
シーズン中にも数回あるかないかという位のベストな登山日和という事でした!
路は崩れるごとに常に整備され新しくなっているような感じを受けます。
このお不動さんも、元はもっとちゃんと祀られていた場所みたいですが、シーズン中の「立ち止まり渋滞」の事もあり、過去の旧跡がさりげなくなってしまっている場所も多いとお聞きました。
そんな最高の富士山からのウエルカムにも拘らず、
ここに来るまでのハードスケジュールが祟ったのか・
不甲斐無い事に登山前夜から強烈な体調不良に。
車で五合目に着いた時に、既に山に登れるような状態ではありませんでした。
倒れてしまえばみんなに迷惑がかかってしまう・・・
でも、それも承知の上、
少しの可能性を信じて登ろう。
とにかく、
「もうだめ」と思った時点で、申し訳なくも直ぐに下山させてもらうつもりでした。
本当に情けないと思いながら少しずつ足を運ぶ、
それでも遂に6合目を昇り始めて少し経った頃、
遂に足が止まってしまいました。
今・想い出しても、どの辺だったかは覚えていませんが、
みんなは大丈夫と励ましてくれましたが、後で聞いた話ですが私の顔色は無かったという事でした。
ガイドさんも内心、
「富士山は何時でも在りますからまた次の機会に。」という最後の言葉をいつ発するか・・・
私も、
「すいません・下山させてもらいます。」の言葉が喉まで出かけていました。
その場所で立ち止まって何十分が過ぎたでしょうか・
一時間近かったでしょうか・・
みんなで色んな話をしました。
そしてその最後に出た話、
その話から、今回この富士登山に奇跡的に導かれた私の役割をようやく想い出す事が出来ました。
少し前に今回の富士登山はとても重いと言われていた事・
自分の為に弾くのではない事・
私は情けなくも、すっかりそれを忘れていました。
だからこんなにサポートにまわってくれる方が顕れていることも・・・。
富士山は、サンクチュアリでありながら人との関わりが大変古い場所です。
やっぱり富士山で演奏するにはそんなに簡単に登らさせてもらえないという事です。
それを想い出したとたん、身体が少し楽になり始め、
再び登山が始まります。
現実、もしここで倒れていたら、助かったとしてもヘリに救助を頼んで自腹の300万でした。
それでも自分のリュックも持てない様な、
本当に無様なこんな情けない姿。
そして、登山ガイドさん達にしか判らない様な特別ステージ「sky Terrace」に到着!
体調が悪くても、鍵盤の前に座ってしまうと無心になってしまう私が居ます。
セッティング完了!
雲海が駆け上がって来ます!
ようやくたどり着いたスカイテラスから、
彼らに見護られ演奏が始まる。
この若き、ピアニストとカメラマンの二人の富士山ガイドの最強のサポートにより、私のシンセとスピーカーとリュックまで担いでもらい、ようやくここまで辿り着くことが出来ました。
自分が言うのはなんですが、
この場所での演奏は最高のもので、
演奏後半から涙が溢れてとまりませんでした。
そしてその涙は、明らかに感謝の涙でした!
ここまで私を導いてくれた全ての方に、
そして、
私にこのミッションを与えてくれた、
全ての魂への。
再び富士山頂に向けて。
言われていたとおり、演奏するごとに少しずつ体調が回復に向かう私がいました。
何時からこんな体質になってしまったのでしょうか・
とにかく、大変やら・ありがたいやら・・・。
無事「スカイテラス」での奉納演奏終了。
でも・まだまだ先は長く、
さあ・どうするか・・・
情けなくもリタイヤか・
それでも登るべしか・・・。
赤青黄緑五紫 まだ未体験の皆様にはコチからどうぞ。↓