退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「独我論」について

2011-07-30 01:50:43 | Weblog
晴れ。ちょいとだるいまま仕事へ。

ウィトゲンシュタイン「青色本」を読む。

訳が昔読んで面白かった大森荘蔵だったので借りてきたもの。
「家族的類似性」以外はこちらの体調のせいもあって今ひとつ。

「茶色本」というのもあるらしいけれど
今のところどうやら読まずに終わる気がする。

「自分が見ているものだけが存在する」というのが「独我論」だとして
その種の「罠」にはまり込んで抜け出せない人々が多いように思われる。

常に「自分は正しい」模様。
少なくとも「他人の意見」に耳をかたむけようとする態度は見られない。

それで「お気楽」ならそれはそれで結構なのだが
やたらに「苦しい」のだと訴えたりするからややこしい。

とりあえず「苦しい理由」と「現在の状況」などを説明してはみるものの
そこでも「自分に都合のいい解釈」しかしなかったりして。

どこまで行っても「自分という壁」が立ちはだかる。
そのことに気付いてくれればどうにかなるかもしれないけれど。

「自分が正しい」とばかり言いたがるのは
実は「自分が間違っている」ことに無意識のうちに気付いているから。

その「単純」にどこかで出会ってくれることを祈るのみ。
もっともそれが「来世」でしかないことも少なくなく。

人はただでさえ間違いやすい存在なのだから
常に「自分を疑う」というのが基本だと思いつつ。

それで崩れるような「自分」なら崩れてしまえばいいだけのこと。
「崩れた」経験を持たないといたずらに「怯える」だけに終わるのもよくあることで。

「出口のない迷宮」から抜け出すためには
「出口を探す」のではなく「迷宮」そのものを壊すのが早いことを知ろう。
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