真面子の社会観察日記

社会で起きている様々なできごとを真面目に言いたい放題!

やりたくない事をやってみる

2024年03月31日 | Weblog
Happy Easter!  よみがえりのイエスよ、永遠のいのちを与えるために来て、十字架にかかってくださり感謝します。今日はイースターでクリスチャンにとっては、クリスマスと同じか同じ以上に大切な日だ。

最近わかったのだが、寝る前にネットフリックで刺激的な人間関係のドラマを見ると、朝の目覚めが悪いと気がついた。目覚めた時に心が重いのだ。誰しも悩みや不安は尽きないし、寝る前にイヤなことを思い出して、眠れなくなるなんてこともある。

心が落ち込んだとき、そっと優しい言葉を授けてくれるのが、“言葉の精神安定剤”で、気分はスッキリ、今日がラクになる。そういう意味で聖書のみ言葉は精神安定剤だ。 

やりたくないことをやるのは辛い。大切なのは、「自分軸」を大切にして、自分が納得して行動することで、幸せを感じることができる。自分がやりたいことをするのは、幸せを感じる最良の方法であり、不安を減らす効果もある。しかし、時には自分がやりたくないことをするのも、例外的にあってもいい。 

自分の判断では選ばないかもしれないことでも、信頼できる先輩や上司からの勧めがあれば、それをやってみる。「この人が言うのなら」という信頼に基づいて行動を選択し、大切な人への信頼があるからこそ、たとえ面倒に感じることでも受け入れることができる。

最終判断は自分自身でする。しかし、信頼関係がない人からの勧めは断わり、自分のやりたくないことでも、信頼できる人が自分のために勧めてくれる場合は、受け入れる価値がある。 

重要なのは、最終的にはその選択が自分にとって正しいものかどうかを自分自身で判断すること。誰かに決めてもらうと、うまくいかなくなった時に、必ず人のせいにする逃げ口実になる。

自分の考えを超える好影響としては、信頼できる人からの助言は、時に自分の考えを超えたよい影響をもたらすことがある。そのため、自分がやりたくないと感じることでも、その人の言葉を信じて行動することが、結果的に自分の成長や幸せにつながることもある。自分で見る自分と、他の人が見ているあなたへの判断は違っているってことでもある。  

自分の内なる声に耳を傾けながら、信頼できる人々のアドバイスも大切にするバランスが重要だ。繰り返しになるが、自分に優しく、自分の心に正直に生きればいい。


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個人差が出る時期

2024年03月30日 | Weblog
近頃は、昭和レトロといって、昭和を懐かしむ傾向があるけど、今週火曜日に行ったカフェは90年前に作られたものだった。内装がとても良くて、居心地の良い雰囲気だった。

厚生労働省が公開している『令和2年版 厚生労働白書』によると、2040年の平均寿命は男性83.27歳、女性89.63歳と推計される。誰もが老いるけれど老い方は千差万別で、誰ひとりとして、同じ老い方の人はいないとのことだ。
 
誰の身にも老いと死はやってくるので平等と言え、その中身は実に千差万別だ。 同じ年代であっても、老い方はひとりひとり違っている。個人差が大きいというのは、高齢期の最大の特徴だ。

人生のなかで、これほど個人差が出る時期はないというのが高齢期だ。だから、年をとってからの生き方として、「人と比べてもしょうがない」ってことが言える。高齢になったらもっと個を大事にしていい。自分の老い方を受け入れて、その範囲のなかでどうしたら自分らしく生を全うできるかということが大事になる。

年をとってむしろ毎日が楽しく充実していると感じられ、幸せを感じて生きている人を「幸齢者」と名づけた人がいる。これは年をとっても社会的地位が高いとかお金があるとかではなく、本人がどう感じるかのものだ。 

高齢期というのは、今までのいろんなしがらみや常識みたいなものから解き放たれて、自由に生きられるときだ。 何でも挑戦したらいい。我慢することも多かった高齢者でだから、人生の最終コーナーはもっと好きなように、人生を楽しんでほしい。

高齢期になると、成長の伸びしろは余りないが、これからは、まだできた、特に「まだできた」ということが大切で、 自分のできることを大切にすることだそうだ。

自分が母親の年齢になるまで、母が毎年少しずつ老いて行くのが分かっていなかったと思う。戦争経験者の母の様には、しっかりと頑張って生きていないな〜と思う。





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健康保持のために

2024年03月29日 | Weblog
春先はどうも体調が思わしくない。花粉症はある様でない様な病院に行くまでもないのだが、気候変動が激しいためか、体調万全とは言えない。

4月1日から新年度が始まるけど、春先に心を病む方も多いと聞くし、日本人の心の不調や生きづらさの原因は日本人特有のものがあり、それは社会的、文化的なものから来るとも言われており、それらが健康を害するのらしい。

でも、どの文化の中でも感情の幅、認識されている感情の類は、ほとんど変わらないという。しかし、感情の解釈は文化により異なり、感情強度の判断においても、たとえば悲しみといっても、軽い寂しさから絶望まで幅が存在し、民族間で異なるのだそうだ。

アメリカ人はアジア人(特に日本人)よりも表情を強く評価しているが、この効果は外的ディスプレイ、つまり、示している感情の評価に限られる。逆に、内的経験、つまり、相手の感情を察すると推定されるものを評価する場合、日本人はアメリカ人よりも高い評価を与え、日本人は、はっきり表示されていない感情でも認識するのだ。

日本人は外的表示と内的経験の強弱を区別できる。その結果、外的表示に対する内的経験の推定評価が高くなるのかもしれない。いわゆる「察する」というもので、実際には、どれくらい悲しんでいるのか、程度をもっと正確にとらえることができる。 

この日本の「察する」という文化が、相手に最善の配慮をする。ただ、この思いやりこそ、自身の感情表現を蝕んでいる可能性があり、結果として、いろいろな意味で相手に近づけなくなっていく。個人的な感情は、相手の感情より大切ではないという思い込みがあるのが日本人だ。 

de learning(デ・ラーニング)とは、学んだ(思い込んだ)ことを忘れること。もし学んだ(思い込んだ)ことが有害だとすれば、それは忘れてしまったほうがいい。「1日1つ、自分の好きなこと、嫌いなこと」を口にし、そうすることで、「個人的なアイデンティティー(personal identity)/固有性」が表出でき自分の好き嫌いを強く意識できる。  

ポイントは声に出すこと。そうすることで、自己肯定感がより高まる。

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心の平安

2024年03月28日 | Weblog
私は突然、身障者になってから35年以上が経つ。その時に思ったことは、人間はなんと簡単に死ぬんだろう、そして、いつ死ぬかわからないってことを学んだ。

だから、自分が身障者としてこれから一生生きて行くのだと医者から説明されてから、1年くら、その事実を受け入れられずに、落ち込んだ。そして、いつ死ぬかわからないのだから、後悔しないように生きようと思ったのだ。。

「メメント・モリ」という言葉がある。「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味のラテン語だそうだ。人生100年時代と言われても、自力で自由に行動できることを考えると、私の場合、自分に残された時間はそれほど多くないと思っている。

だから、今日という日を全力で生きる。いつ死んでも後悔しないように、やりたいことをやり尽くすと思って生きている。

そして、誰にでも感謝を伝える様にしている。ちょっとしたことでも当たり前と思わずに、「ありがとう」を必ず言うのだ。レストランなどでもお会計時に必ず言う様にしている。

「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない」 これは、有名な『星の王子さま』の冒頭に出てくる言葉だ。

子供の頃のようにワクワクする気持ちを忘れない様にすることも大切だ。日常のいたるところに、ワクワクは転がっているけれど、それに気づくことができるかどうかだけだ。

例えば、桜が開花する季節になった。あ〜今年も桜を見ることができる、いつ頃になるかなと思うワクワク感もそうだし、春だから、桜もちや柏餅ももうすぐ食べられると思う些細なワクワク感。

ワクワクに加えて、何か人のためにしたことで、自分自身の心に喜びが溢れ、心に平安が来ることを私は大切にしている。この心の平安とワクワク感があれば、充実した日々を生きられると思う。






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3万円の食費代

2024年03月27日 | Weblog
昨日買い出しにライフに行った。ライフはお魚が新鮮なのでお魚を買う時にはライフに行く様にしている。そして、わかっているのだが、全てが値上がりしていた。最近は、月が変わるごとに食料品の値上げリストが発表される。物価高で食費を減らすのが難しくなっているが、それでも食費3万円台をキープしている人たちがいるとのことだ。

食費3万円台の人が必ずやっていることとして、買い物前に食材を使い切る。だいたい買い物に行く曜日が決まっていて、よくあるのが土曜日にまとめ買いするパターンだそうだ。

その場合は、前日の金曜日が食材の「余り物一掃デー」で、残り物を投入した鍋や炒め物をつくって在庫を使い切るか、在庫を使い切るまで買い物に行かないパターンもある。

「食材がなくなってきたから買い物に行こうかな~」というとき、あともう1日踏ん張って、余り物でつくれる「サバイバルメニュー」で乗り切るのだそうだ。

調味料などの在庫切れメモをつくり、「家にあると思ったらなかった」の買い忘れや、「ないと思って買ったら、家にまだあった」のダブリ買いが防ぐ。さらに、おかずを多めにつくって使いまわす。

メインおかずが手づくりのものなら、サブは 電子レンチンするだけのしゅうまい、3個パックの豆腐・卵豆腐・納豆・もずく酢、湯煎するだけのミートボールなどを使う。1週間の献立を決めてルーティン化するなど。

絶対やらないこととしては、料理本のレシピどおりにつくらず、家にある調味料で自分流にアレンジする。そして、半額だからと2個買わないで、どんなに安くなっていても、食べ切れる分だけを買う。 同様に白菜、キャベツ、大根などの大物野菜は1個まるごと買わない。

レジ横の目につくところにお菓子が置いてあるが、レジ横のお菓子は買わないなどが書いてあった。

結論として思うことは、必要以上に買い物に行かなければいいってことですよね。あと、冷凍庫を活用する事と、原則家にある在庫食材を使い切り、無駄をなくすってことと理解しました。

でも、果物が高騰していて、3万円の食費代に果物は入っているのかがわからない。こんなことを書いていて、なんだか虚しい。あっ最近の若者は果物は食べないって言っていたっけ。

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