大雑把性質の罪
事件は今年(2014年)8月10日に起きた。何の罪もない1匹の小さな虫が、大雑把で細かいことに気付かないオジサン(私のこと)によって、その命を奪われた。
オジサンは確信犯ではない。オジサンがほんの少しでも細かいことに気付く性質であったなら不幸な事件は回避できる可能性は大であった。その前日から起きている不思議な現象をオジサンがもう少し深く考えていたなら、事件は起きなかったであろう。
オジサンの住まいはワンルームの学生向けアパート、部屋の西側は畑になっていて、雑木雑草も多く生えていて住宅街にしては緑豊かである。毎朝鳥の声に起こされ、夏は蝉の声が煩く、夜は蛙が大声で叫び、年中虫の声が聞こえる。
事件の前日、オジサンは聞き慣れない虫の声を聞いた。ここではかつて聞いたことのない声、よく耳にするコオロギやタイワンクツワムシなどとは全然違う声。
その声から「これはカネタタキというものではないか?」とオジサンは思った。カネタタキを見たことはないが、昆虫図鑑を何度も捲っ ているのでバッタの類にはそんな面白い名前の虫もいることを知っていた。「鉦を叩く音が名前の由来であれば、この声はそう喩えても間違いないな」と聞こえる良い声であった。
鳴き声は近くから聞こえた。近いといってももちろん、部屋の中にいるなどとはちっとも思わない。窓を開けっ放しにしているのでその窓の近くだろうと判断した。しかし、声は窓とは反対の、台所の方から聞こえる。「年取って耳も悪くなったのかなぁ」ということにして、そのまま、声の元を探すこと無く1日が過ぎた。
8月10日の朝、部屋の電灯の上でモゾモゾ動いているものに気付いた。「あちゃ、ゴキブリか?」と思い殺虫剤を手にした。ゴキブリにしては小さく、形も細長いので、「カメムシの類か?」と思い直したが、カメムシは手にすると臭いので「どっちでもいいや」と殺虫剤をその虫めがけて噴射した。虫はよろよろフラフラと机の上に落ちた。
見るとそれはバッタの類であった。「あっ、もしかしてお前、昨日きれいな声を聞かせてくれていたカネタタキの類か?そうでありゃ悪いことをした、お前だと知っていればこんなことしなかったんだが、頼む、死なないでくれ、良い声していたよ、お前は死なせたくない」とオジサンは祈ったが、ゴキブリ用の殺虫剤は強力であった。
イソカネタタキ(磯鉦叩き):バッタ目の昆虫
カネタタキ科 関東以南~南西諸島、台湾に分布する 方言名:不詳
名前の由来は資料がなく不明。カネタタキが広辞苑にあり、漢字表記の鉦叩も広辞苑から。その説明文の中に「ちんちんと鳴く」とあり、ちんちんを鉦を叩く音に見立てたものと思われる。イソ(磯)については、『沖縄昆虫野外観察図鑑』に「海岸のアダン、クサトベラなどの低木林から、やや内陸部のススキ原まで普通に見られる」とあり、海岸にはいないカネタタキに対比して磯と付けられたものと思われる。
『沖縄昆虫野外観察図鑑』に「内陸部ではカネタタキと混棲することもある」とあったが、見た目では「雄は翅の先端に一対の黒点を有し」と「翅の長さはカネタタキに比べて小さい」とのことで区別でき、鳴き声でも、本種は「チリチリチリ・・・」という連続音で、カネタタキは「チンチンチン」と鳴くので容易に区別できるとのこと。
雌は雄よりやや大きく、翅が無い。体長は11~14ミリ、出現は3~12月。
横から
雌
記:2014.8.27 ガジ丸 →沖縄の動物目次
参考文献
『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行
『いちむし』アクアコーラル企画発行
『学研生物図鑑』本間三郎編、株式会社学習研究社発行
『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方』福田春夫、他著、株式会社南方新社社発行