5月の終わり頃、前日雨が降って、午前中で畑を引き上げた翌日のこと、前日確認した時は順調に育っていて何の異変も無く、あと1週間経てばいくつかは収穫できそうだというトウモロコシの実が、もうすぐ熟するものも含めて十数個、皮を剥かれ何者かに齧られていた。齧られた実にはタイワンキドクガの幼虫やカタツムリが着いていた。トウモロコシの栽培は今回が初挑戦、順調に生育していたので期待していたのだが、がっかり。
ガッカリして呆然と立っている私の傍に、私の畑ナッピバルの番鳥(畑の害虫を食ってくれ、他の鳥がやってくると追い払ったりしてくれる畑の番人)であるイソヒヨドリの河原万砂(カワラバンサ、私が名付けた)がやってきた。バンサは口に大きめの蛾の成虫を咥えていた。私と目が合うと、彼は咥えていた蛾をパクリと飲み込んで、
「こいつ、トウモロコシに卵を産みつけようとしていたぜ。」と言う。
「あー、そういえば、トウモロコシにはタイワンキドクガの他にも蛾の幼虫らしきものがいたな、虫の類なのか、トウモロコシを食ったのは?」
「いや、それは違うと思うぜ。何者かがトウモロコシの皮を剥いで、その実を齧った後に、虫たちはトウモロコシの甘い匂いに誘われたんだと思うぜ。」
「まあ、そりゃあそうだな、虫たちがこれほど大量に食うわけないよな。トウモロコシを齧りながらビールを飲むってことを楽しみにしていたんだ、あと3、4日では1、2個収穫できそうなものがあったんだ、チクショー、腹立つ。よし、薬撒いてやる。」と私は腹立ちが収まらないまま防御作戦を行う。薬と言っても私の薬はいわゆる農薬では無く、ゲットウの葉、トウガラシの実、フェンネルの葉、市販の酢などを混ぜた自作の薬、どれも害虫が嫌がるものであるとあの人この人から教わったものだ。しかし・・・、
翌日、畑に出勤すると、またもトウモロコシは被害にあっていた。
「虫除け薬もまったく効かないじゃないか、誰だ犯人は!」と思わず声が出た。その声が聞こえたのか、畑のあちこちを3羽の雌と飛び回っていたバンサがやってきた。
「だから、虫じゃ無ぇと言っているじゃねーか。バッカじゃねーか。おめぇよ、何年も農夫をやっていてよ、トウモロコシ泥棒の想像もつかないのか?」
「犯人が誰かって・・・」と、(口の悪い野郎だ)と思いつつも私は応える。「ネズミかなぁ、ネズミはトウモロコシを食うって本で読んだことがある。ネズミの類は、ハツカネズミもビーチャー(ジャコウネズミ)もここにはいっぱいいるからなぁ。」
「ふん、ふん、それだけか?お前の知識は?」とバンサが言う。それだけじゃないのかと私は頭を巡らせるが思い付かない。小屋の前のベンチへ行って、腰を降ろし、冷えたお茶をゴクゴク飲んで、タバコに火をつる。バンサが小屋まで付いて来ていた。
「トウモロコシの皮が剥かれて、中の実が剥きだしになっていれば鳥だって食う。スズメだってハトだってカラスだって食う。しかしだ、トウモロコシは穂ごと剥ぎ取られたものもあり、トウモロコシ全体が倒されているものもあったぞ、スズメにもハトにもカラスにも、ネズミだってそんな力は無い。最初に皮を剥いて食った奴がいるんだ。」
「あっ、そうか、トウモロコシの穂を食い千切り、全体を倒せるほどの力を持った奴の仕業ってことか、あっ、あいつらだ、最近、畑によく来るようになった犬だ。」
「犬って、最近顔見せていたあの2匹組のことだな、大きい方はミケインで小さい方はコシェってお前が名付けた奴らのことだな、うん、まあ、その可能性もないことはない。犬も雑食だ、トウモロコシを食べるかもしれん。しかし、あいつらはもういない。町役場の野犬狩りにこのあいだ捕まったよ。可哀想にな、何も悪いことしていないのに。」
「えっ、捕まったのかミケインとコシェは、そうか、どうりで最近姿が見えなかったわけだ。可哀想に。いやいや、それよりもトウモロコシ泥棒の真犯人は誰だ?」
「お前、ホントに農夫になるつもりか?それくらいも見当つかないのか?トウモロコシを倒して食べる奴、この辺りに重要参考人となるべき奴がいるぞ。」
「うーん、何者だろう?」
「お前、頭大丈夫か?ボケていやしねぇか?アルツハイマーか?ついこのあいだ名前を出したばかりだぞ。お前も畑で何度か会っている奴だ。」
「このあいだ?名前?あっ、そうか、バナナ泥棒の容疑者だ、マングースだ。」
「そう、やっと思い出したか。やれやれ、世話の焼ける奴だこと。」と言って、バンサは飛び立とうとした。「あっ、ちょっと待て、バンサ。」と私は彼を引き止めた。
「お前、さっき、3羽の雌と仲良さそうに飛び回っていたな、何だありゃあ、1羽は女房で、後の2羽は何だ?妾か?女房と妾と一緒に暮らしているのか?羨ましい。」
「妾などと古臭い言葉を使いやがって、お前は明治生まれか?アホっ!」
「じゃあ、いったい何なんだ?」
「2羽は子供だよ、もう巣立つ時期なんだ。」とバンサは幸せそうな顔をする。
「そうか、それは良かったな、おめでとう。」
「あー、やっとの巣立ちだ、肩の荷が下りるってもんだ。」
「あっ、でも、お前、子供は3羽と前に言っていたよな?2羽なのか?」
「うん、もう1羽は死んだ、弱い者は死ぬ。これが野生の掟だ。」とバンサは言い残して飛び立った。「弱い者は死ぬ」という言葉が何故か強く耳に残った。
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前住んでいた首里石嶺のアパートには畑があって、最初、大家の婆様が使っていたが、婆様が足を悪くして後は、アパートの住人(4世帯)が使ってよいということになり、その内の1坪ほどを私が使っていた。記憶は定かではないが、それはたぶん、今から15年前、2001年のことだと思う。たった1坪とはいえ、私の農業の始まりであった。
職場が時短により週休3日となった2009年夏からは、従姉の夫の土地、住宅地だが彼の母上がバナナなどを植え、半分農地みたいになっていたのを借りる。全体は70坪ほどあるが、広い駐車場があり、バナナやクロキなどが多く植えられていて、畑にできるのは30坪ほど、それでも、アパートの1坪に比べればずっと広い。週に2日は通って、草を刈って、耕して、畝を立て、堆肥を混ぜて、種を播く。素人農夫の始まり。
職場をリストラされた2012年夏からは、300坪の畑を借りて本格的に農業を始める。本格的といっても自己流、しかも、無施肥、無農薬の自然農法を選んだ。自然農法そのものが難しいのに、自己流なので上手くいかない。4年近く経った今でもまだ、畑から生活費を得るまでには至っていない。自分が食う分の野菜が作れているだけ。
たった1坪とはいえ畑作業をしていた2001年から数えると、私は農業歴15年となる。自己反省を述べさせて貰えば、「15年もやっていてこのザマか、15年もやっていて、未だに素人とほとんど変わらないじゃないか!」といった状況。
反省は明日の成功に繋がるというが、私の反省はなかなか明日の成功に繋がってくれない。反省はするが、その後の勉強が足りないからだと思う。いや、あるいは、「何が何でも成功させる」という強い意志を、生来持たない性格だからと思われる。
さて、15年も農業をやっているのに、未だに収入を得られず、いつまでたっても素人のままのノンカー(呑気者という意の沖縄語)農夫の私であるが、最近は農業に関する本を読んだり、DVDを観たりしている。上手くいかない時は反省もしている。
あと2、3日経てば1、2本、1週間も経てば5、6本は収穫できそうなほど順調に生育していたトウモロコシが40株ほどあった。5月25日、前日までは何の異変もなかったそのトウモロコシの内、十数本が何者かに食われていた。翌日もさらに数本が食われていた。皮を剥かれ実を齧られたものがあり、穂ごと食い千切られたものもあった。
トウモロコシをたっぷり食われて後の反省は、取りあえず、犯人探し。犯人を特定し、彼からトウモロコシを守るにはどうしたらいいかを考えること。想定した容疑者は3種の動物、犬かネズミか、あるいはマングースかだ。考えた結果、犯人の特定のためにある仕掛けを施した。5月26日の夕方、トウモロコシの周囲にネットを張った。
私の計算はこうだ、ネットが倒されてトウモロコシが食われていたら犯人は犬、ネットは倒されてないのにトウモロコシが食われていたら犯人はネズミ、ネットは倒されていなくてトウモロコシも食われていないなら犯人はマングース、ということになる。犬なら力ずくで食い物を得ようとするだろう、ネズミはネットの下を掻い潜ってトウモロコシを食うだろう、マングースはネットも倒せず、掻い潜って食うこともできないはず。
5月27日は金曜日、朝、ガジ丸ブログのアップをしてから畑へ向かい、午前11時頃に畑へ着く。道路沿いに車を停め、車から降りて、駐車場の出入口に掛けてあるチェーンを外そうとした時、トウモロコシを植えてある畝の方向から隣のウージ(サトウキビ)畑へ向かって1匹のマングースが走り去って行った。
「犯人はマングースか」と思ってトウモロコシの畝を確認する。ネットは倒されていないし、トウモロコシも無事であった。どうやら、真犯人はマングースのようである。
犯人はほぼマングースであると特定できた。さて、その対策は?マングースから畑の作物を守るためにはどうしたらいい?マングースを捕獲するなんてことは元より考えていない。奴はすばしっこい、ハブより反射神経能力が高く、トンマな私に捕まる訳がない。捕獲はしない。つまり、こちらから攻撃はしない、専守防衛だ。作物を守るのだ。
作物を守ることができなければ、私はマングースに負けたことになる。上述した「弱い者は死ぬ」という言葉を思い出す。私は平和主義者なので、戦わないオジサンである。しかし、降りかかる火の粉は払うオジサンでもある。黙って負けるわけにはいかない。ネットを張ればマングースから守れるが、ネットを張ると虫を食う鳥たちも入ってこれず、トウモロコシに着いている虫たちが増え、結局、トウモロコシは食われる。どうする?と考えている内に閃いた。トウモロコシの栽培はしなければいいのだと。「逃げ」かな?
記:2016.6.3 ガジ丸 →ガジ丸の生活目次