ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

沖縄の中のアメリカ

2011年01月03日 | 沖縄02歴史文化・戦跡

 ある日曜日、米軍基地内にあるレストランへ出かけた。米軍基地の中へは一般の日本人(もちろんウチナーンチュも含めて)は普通入れない。基地内へ出入できるパスを持っている人の好意で、彼のゲストとして入ることができた。
 基地内へ入るのを私は過去に何度も経験している。父親が米軍基地で働いていたので、子供の頃に何度かあり、大人になってからも仕事の関係で何十回となく行っている。その仕事を辞めて二十年ばかりになる。よって、今回の基地内進入は二十年ぶりとなる。

 店のボーイ(日本人)さんに、「写真を撮っても構いませんか?」と訊いた。「構いません」との返事。ここには軍事的な施設は無く、住居が主で、レストランやスーパー、文化施設などがあるだけとのこと。写真はフリー(注1)であった。
 ということで、レストラン内の、食事を楽しんでいる人々も撮った。客は家族連れが多かった。みな幸せそうである。基地の中は平和ですと感じられる写真である。
 前にもどこかで書いたかもしれないが、私は人妻の浮気、人夫の浮気に対しては寛容である。それと同じくらいに政治家が私腹を肥やすことに対しても寛容である。「その代わりおめぇ、平和を守ることに関しては全力を尽くせ。」という条件をつけるが。平和でありさえすれば、私は生きていける。貧乏でもいいのだ。
 前にも紹介したが、「百年兵を養うは、ただ平和を守るためである」(山本五十六)は正しいと思う。軍隊はあっても無くてもいい、基地はあっても無くてもいい。平和であることが最も大事。100年平和が保障されれば、その間、基地は必要ない。100年(なるべくなら1000年くらい)、平和が保障されるような世界規模のシステムがいつかできるであろうか。人類の叡智はそこまで進歩するのであろうか。

 レストランにアルコール飲料は少なかった。昼間からアルコールを飲む人は、今は少ないようだ。二十年前までのアメリカ人たちはビールを水代わりのように飲んだ。水という認識なので、車運転しながらも飲んだ。ウチナーンチュにもそういう人は多くいた。夏、肉体労働をし、したたか汗をかいて、その帰りの車の中でビールを飲む、という光景を私は何度も目撃している。昔の話である。最近は、暢気者のウチナーンチュたちも飲酒運転が罪であることを認識しつつある(注2)、たぶん。
 沖縄が本土復帰する以前、米軍人による犯罪は多かった。ベトナム戦争の頃である。戦地に送られて命のやり取りをする若い米兵たちである。彼らの精神が不安定な状況にあったことは容易に想像できる。だからといって犯罪を犯してよいということは無い。沖縄の夏は暑い。そこでの肉体労働はきつい。喉も胃袋もビールを熱望する。その時のビールほど旨いものは無い。だからといって飲酒運転してよいということもまた、無い。
 復帰後、米兵たちの品格は概ね上昇していった。事故や事件が起きるたびに沖縄県や市町村から綱紀粛正の要望が出される。米軍はそれに応える。などということが続いて、今は、米兵たちの品行は昔に比べ、概ね方正となっている。

 レストランの中にフリーマガジンがあった。OKINAWAという名前。ページの半分以上は広告が占めている雑誌。沖縄だけで無く、日本全般を紹介している。
  毎号、観光と文化を紹介しているみたいで、12月号の観光地は鎌倉、文化は沖縄のサンシン(三線、三味線のこと)、剣道、沖縄ガラス。1月号の観光地は岡山と沖縄のホェール・ウォッチング、文化は日本の正月と寿司。詳しい内容については、私は英語がほとんど読めないので紹介できない。でもまあ、「地元のことを理解し、仲良くしようぜ」というアメリカ軍の意図はよく理解できる。良いことだと思う。
 レストランの入口にはシーサーが飾られてあった。ちゃんと阿吽している一対のシーサーである。もっとも、大理石でできているところをみると沖縄製では無く、中国か台湾製なのであろう。それでもまあ、「地元と仲良くしようぜ」という気分は伝わる。そう、仲良くしましょうね。お互い争うことは無いようにしましょうね、と私も思う。

 私は平和が大好物である。そして今、沖縄は概ね平和であると思う。平和であり続けるために、今沖縄にある基地の機能、基地で働く人々の生活、基地がフェンスの外へ及ぼす影響などをちゃんと知っておかなければと思う。できれば、兵士たちの気分も知りたいと思う。でもなあ、英語できないからなあ、それは無理かなあ。
 沖縄の中にアメリカがあり、少なくとも今は、そのアメリカは平和である。でも、ここからアフガンやイラクに向かう人々がいる。彼らの傍にはいつも戦争があるようだ。「傍にはいつも戦争がある」気分って、きついんだろうなって想像する。
 「綱紀粛正でアメリカ軍人軍属による犯罪は復帰前に比べ減った」と書いたが、それでもなお、年間100件前後の事件が起こっているらしい。「相互理解が平和の道」とも書いたが、理解しあえない人は、基地の中にも100人前後はいるというわけだ。それでもなお、理解しあう努力は必要であろう。たぶん長い道、コツコツだ。
 平和の道は基地反対だけでは難しいと思う。どうすれば基地を必要としない世界が構築できるか、も考えなければと思う。いつかその答えが見つかるよう人類の叡智に期待したい。沖縄はこれから先もずっと、戦争は嫌いである。
     

 注1、その日、レストランの中外の写真を多く撮った。写真を撮ることはフリーであるが、その写真をHP載せていいかどうかは聞いていない。で、紹介は1枚だけ。
 注2、飲んで、平気で運転する人は今でも多い。飲酒運転の検挙者は人口比率だと沖縄が断トツの日本一らしい。その罰金額は年間20億円になるとのこと。

 記:ガジ丸 2007.1.27 →沖縄の生活目次

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