ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

外人墓地

2011年01月03日 | 沖縄05観光・飲み食い遊び

 ガジ丸HPの記事数が1000を超えた。何を書いて、何を書いていないか、把握するのが難しくなってきている。また、「このHPは子供も見ているらしい。誤字脱字、言葉の間違った使い方などがあれば訂正しなくてはいけない。そのうちやろう。」と思っているのだが、しかしもう、1000を読み返すのはちょっときつい。
 先日、「熾烈(しれつ)な戦い」という文字を使った時、ふと、熾烈の熾という字に興味を持った。中学生の時、漢字の書き取りテスト全100問のうち3問しか正解できなくて、クラスで最下位だったほど、元々漢字の書き取りを苦手としている私は、熾烈の熾という字は、手書きしている頃には書けなかった字である。ワープロのお陰で、「おー、シレツとはこう書くのであったか」と分った次第。
 HPの別の記事で、「火鉢に火をオコす」の「オコす」を「起す」とたぶん書いてしまった。が、「オコす」という字は、正しくは「熾す」と書く。熾烈の熾という字に興味を持ったのは、もしかしたらそうではなかったかと薄い記憶があったからである。こんな間違い、探せばもっとあるんだろうなと思う。でも、いいさ、恥かく人生さ。

 恥かくオジサンはまた、基地という基の字と墓地の墓の字をよく間違える。字の書き取りを間違えるのでは無く、読みを間違える。墓地をキチと読み違えるのである。これはしかし、無知のせいでは無く、老眼のせい。ぼやけた基と墓が同じに見えるせい。

  先日、たまたま近くに用事があり、那覇市泊にある外人墓地(老眼で、老眼鏡を頑なに拒否している皆様、外人キチでは無く、外人ボチです)を訪れた。那覇市泊は私の実家がある街、私は泊小学校出身である。外人墓地は泊港北岸近くにあり、小学生の頃、この辺りは遊び場所であった。私の家から歩いて5、6分の距離である。
 外人(主にアメリカ人)墓地は沖縄の墓とも倭国の墓ともまったく趣を異にし、異国情緒溢れる風景となっている。また、泊港北岸は慶良間へ向かう船の発着場所であり、若い頃、慶良間諸島へたびたび遊びに行っていた私は、小学生の頃や若い頃の思い出と外人墓地の風景が交錯して、ここに立つと、何とも懐かしい気分になる。

 若い頃、慶良間諸島へ何度も行っている私が、1度だけ慶良間へ向かう人の見送りをしたことがある。私の下半身は「さほど」であったが、私の心は「大好き」と思っている人であった。その頃私は浪人生、彼女は大学生。大学のサークルか何かの行事で慶良間へ出かけると聞き、見送りに行った。泊港北岸を出ると目の前に外人墓地がある。見送った後、そこで少し休む。未成年であったが、煙草に火をつける。「好きなんだろうな」としみじみ思う。結局、彼女と恋仲になることは無かったが、外人墓地を見ると、そのことが真っ先に思い出される。彼女の笑顔がくっきりと思い浮かぶ。

 泊にある外人墓地についての詳細については、残念ながら文献が無いので(あるいは、私が探せないので)不明。少なくとも40年前からはあった由緒正しい墓地。
     

 記:ガジ丸 2007.1.25 →沖縄の生活目次

 参考文献
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行

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